すべき或るものを含んでいることを、よく気付かせられる。
これを要するに、吾々の日常生活に於ける所作や発声は、その目的が何であるに拘らず、真剣に鍛えられて来るに従って、「能」のソレに近づいて来る。「生活の精華、即、能」であることを多少に拘らず証拠立てて来る。
戦争となると、日常生活よりも真剣味が高潮しているだけに、一層この感が深い。一度火蓋を切ったが最後、全戦線が「能的の気魄」をもって充たされていると言っていいであろう。その砲煙弾雨の中を一意敵に向って散開し、躍進する千変万化の姿は、男性の姿態美の中でも、最高潮した「気をつけ」の緊張美以上に超越したものの千変万化でなければならぬ。勇ましいとも、美しいとも、尊いとも、勿体ないとも、涙ぐましいとも、何ともかんともたとえようのない人間美の現われでなければならぬ。更にその中で、毅然として勝敗の外に立ちつつ、全局を支配して行く名将の心境(というものがあるとすれば)、それこそ正に舞曲を以て天命の所作と心得ている能楽師(そんな人がいるとすれば)の心境と一致するものではあるまいか。
能を見て頭が下がるのは、かように生死以上の生死をあらわす「舞
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