易のことではない。
ヴィタミンA以下の發見
ヴィタミンAの發見はBより數年後である。オスボルン博士やマッカラム教授が人工配合飼料で白鼠を飼育する場合に、飼料中にバタを加へるのと、豚脂或は植物油を加へるのとは、動物の發育が非常に違ふことから、バタの中には普通の脂肪以外に何物か有效成分があるであらうと想像して、これを假りに脂溶性ヴィタミンと名づけた。
併しその本體を捉へたのは我が高橋克己君である。高橋君は大正八年頃から駒場の實驗室でこの成分を研究し、大正十一年に遂に略ぼ純粹の状態に抽出して、これを「ビオステリン」と命名したのである。
現在では「ビオステリン」中に二つの要素が含まれて居り、その一つは所謂ヴィタミンAで他の一つはDであることが確められた。植物の色素カロチンがAと同樣の效力があることは、瑞典のオイラー教授によつて確められ、また酵母、麥角等より得らるゝエルゴステリンに紫外線を照射すれば、Dが出來ることも、ウィンダウス教授によつて明かにせられた。恐らくカロチンが動物體内に於て還元せられて肝臟中に貯へらるゝものであらう。目下理化學研究所の川上、鷲見等の諸氏が專らこの方の研究をやつて居る。
ヴィタミンCは最も難物である。これは空氣に觸れても、熱に會つても、直ちに破壞さるゝ故に、手のつけやうがない。保存することも困難である。結晶になるかどうか、今のところ見當がつかない。
緑茶の中にヴィタミンCが豐富に含まれて居ることは、故三浦政太郎博士が見出したのであるが、昔、和蘭の商船が東洋に來ると、航海中壞血病に罹るものが多いので、これを豫防するために支那から茶を買つて歸つたといふ記録があることから、三浦君は日本の緑茶を試驗したところ、非常に多くのヴィタミンCの含まれて居ることが判つた。
中央茶會議所では大にこれを宣傳して、茶の販路擴張をやつてゐる。内地の需要は確かに多くなつたと云ひ、二、三年來、ロシヤへも輸出せらるゝやうになつて、昨年は六百萬封度を超へた。ノルウエーからも注文があつたといふ。
この外に、繁殖に必要なヴィタミンEの試驗も私は二、三年やつた。これは小麥の胚芽の油の中に多く含まれて居り、Aに能く似て居るが、生理作用が全くAとは異なるものである。これは未だ純粹の結晶にはならない。
各種のヴィタミンは皆それ/″\必要な役目を持つて居り、なくてはならないものであるが、日本の食物ではBが最も缺乏し易い。その次がA・Dであらう。米國ではBは餘り問題にされず小兒のD缺乏が最もやかましくなつて居る。ロシヤではCが問題だ。斯くの如く各國皆趣を異にして居るのは面白いことである。
ヴィタミンを産業の方面に應用することも澤山ある。余等はこの方面で役に立つことをやりたいと思つて居る。何の研究でもさうだが、かういふ研究は全く根氣が續かなくては駄目である。折角始めても、途中で止めては何にもならない。幸に私は理化學研究所と駒場に、多數の共同研究者を持つて居る。倦まずにやつたならば、今後も何か面白いことが出來るだらう。
底本:「研究の回顧」輝文堂書房
1943(昭和18)年2月25日初版発行
1943(昭和18)年11月11日再版発行
初出:「科學知識」科學知識普及會
1931(昭和6)年2月1日発行
※底本では題名に章番号「一」が付け加えられていますが、独立した一編として取り扱うために省略しました。
※「フヰシャー先生」と「フヰツシャー先生」の混在は、初出誌を参照して「フヰツシャー先生」に統一しました。
入力:小林 徹
校正:大野 晋
2004年12月14日作成
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