いた。
 私が三十九年歸朝する時、フヰツシャー先生に、歸朝後どんな研究をしたらよからうかと相談したところ、先生の云はるゝには「歐洲の學者と共通の問題を捉へたところで、こちらは設備も完成し、人も澤山あつて、堂々とやつてゐるのだから、とても競爭は出來まい。それよりも東洋に於ける特殊の問題を見付けるがよからう」といふことであつた。私はそれは至極尤と考へたから、差し當り米の問題を研究することにしたのである。
 それで歸朝すると、盛岡の高等農林學校の教授に任命されたので、第一に吉村清尚君(現鹿兒島高等農林學校長)と協同して、白米、玄米、及び糠の蛋白質の性質を調べ、また糠から一種の含燐化合物(フヰチン)を抽出し、次で、糠の中には、鐵を含んだ蛋白質の存在することを見出した。

 蛋白質の榮養價を決定するには、單に分析だけでは駄目である。是非とも動物試驗を行はなければならない。私は農藝化學を修めたので、植物の肥料試驗法を知つて居つた。水耕法と稱して、純粹の水に植物の養分となるべきアムモニヤとか燐酸、加里、石灰などを適量に溶解し植物を浸して置くと能く生育するが、一つでも養分が不足すれば直ちに發育は停止し、或は枯死する。例へば、燐酸が缺乏すれば、葉が黄色に變じて枯れてしまふが如き……。
 又、砂耕法と稱して、純粹の硅砂中に植物を植ゑて各種の養分を與へても、同樣の試驗が出來るのである。それが動物に就ても同樣に、純粹の蛋白質と脂肪、炭水化合物及び無機成分を集めて人工配合飼料を作り、動物を飼育することが出來る筈である。そしてその中に米の蛋白質とか、肉の蛋白質とか、種類を違へて與へたならば、動物の發育が違ふだらうと考へたのでその方法で鳩や鼠などを試驗した。ところが意外にも右の樣な配合飼料では動物は數週間で死んでしまふ。何遍やり直しても同じことで、その原因がどうしても判らなかつた。その内に糠が特殊な成分を含んで居ることが判り、これを配合飼料に加へると、能く發育することを實驗した。
 當時、糠は粕の樣なもので、家畜の飼料或は肥料に用ひらるゝのみで、人間の食物としては全然顧みられなかつたものである。その糠をその儘與へる代りに、糠のアルコール浸出液にして加へると、同樣に有效であることを確かめ、種々の化學的操作を施して、一製品を得、從來未知の成分であることが判つた。これが即ち「オリザニン」(ヴィタミンB
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