遅れがちの卑しい根性をだんだんに捨てて行くことが出来た。
 新しい希望に満たされて、私は新しい秋を迎えた。

     二十

「今日の社会は大かた今僕が話したような状態《ありさま》で、ちょうどまた新しい昔の大名《だいみょう》が出来たようなものだ。昔の大名は領土を持っていて、百姓から自分勝手に取立てをして、立派な城廓《しろ》を築いたり、また大勢の臣下《けらい》を抱えたりしていた。今話した富豪《かねもち》という奴がやっぱり昔の大名と同じで、領土の代りに資本を持っている大仕掛けの機械を持っている。資本と機械とがあればもうわれわれ労働者の生血を絞り取ることは容易いものだ。昔の祖先《じいさん》たちが土下座をして大名の行列を拝んでいるところへ行って、今から後にはお大名だとか将軍様だとかいうものがなくなって、皆同等の人間として取り扱われる時が来るというて見たところで、それを信ずるものは一人もなかったに違いない。けれども時が来れば大名もなくなる、将軍もなくなる。今僕がここで君に話したようなことを、同輩《なかま》に聞かして見たところで仕方がない。
 いや、僕にしてからがこれからの社会はどんなであろうとか、いつそんな社会になるであろうというようなことを深く考えるのは大嫌いだ、またそんな暇もないのだが、少くも現在自分たちは朝から晩までこんな苦しい労働をしてもなぜ浮ぶ瀬がないのか、なぜこんな世知辛《せちがら》い社会になったのか、また自分たちと社会とはどういう関係になっているのかということぐらいは皆が知っていてくれなくちゃあ困る、僕が先刻《さっき》話したようなことをだね」
 小林監督は私を非常に愛してくれる。今日も宵から親切に話し続けて今の社会の成立をほとんど一時間にわたって熱心に説明してくれた。「先年大宮で同盟罷工《ストライキ》があってから、一時社会では非常にあの問題が喧《やかま》しかったが、労働者はそう世間で言うように煽動《おだて》て見たところで容易く動くものじゃあない、世間の学者なんという奴らが、同盟罷工と言えばまるでお祭騒ぎでもしているように花々しいことに思うのが第一気に喰わねい、よしんば煽動《おだて》たにしろ、また教唆《そそのか》したにしろ、君も知っての通りあの無教育な連中が一個月なり二個月なり饑※[#「飮のへん+曷」、第4水準2−92−63]《うえ》を忍んで団結するという事実の
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