。夜はもう二時を過ぎたろう、寂寞《ひっそり》としてまるで絶滅の時を見るようである。
人の髪の毛の焦げるような一種異様な臭気がどこからともなく身に迫って鼻を撲《う》ったと思うと、ぞっとするように物寂しい夜気が骨にまでも沁み渡る。
何だろう、何の臭気《におい》だろう。
おお、私はいつの間にか桐ヶ谷の火葬場の裏に立っていたのだ。森の梢《こずえ》には巨人が帽を脱いで首を出したように赤煉瓦《あかれんが》の煙筒が見えて、ほそほそと一たび高く静かな空に立ち上った煙は、また横にたなびいて傾く月の光に葡萄鼠《ぶどうねずみ》の色をした空を蛇窪村《へびくぼむら》の方に横切っている。
私は多摩川の丸子街道に出て、大崎に帰ろうとすると火葬場の門のあたりで四五人の群に行き合うた。私はこの人たちが火葬場へ仏の骨を拾いに来たのだということを知った。両傍に尾花の穂の白く枯れた田舎道を何か寂しそうにヒソヒソと語らいながら平塚村の方に行く後影を私は見送りながら佇んだ。
「おい兄《にい》や、どうしてこんなとこへ来たんだいおかしいな、狐《きつね》に魅《つま》まれたんじゃあないの?」
私は少年《こども》の声にぞっとして振り向きさま、月あかりにすかして見ると驚いた。この間雨の日に停車場で五銭の白銅をくれてやった、あの少年ではないか。
「君か、君こそどうしてこんなところに来ているのかい」と私はニタニタ笑っている少年の顔を薄気味悪くのぞきながら問い返した。
「おらア当り前よ、ここのお客様に貰いに来ているのじゃあないか、兄やこそおかしいや!」と少年はしきりに笑っている。
ああ、少年は火葬場に骨拾いに来る人を待ち受けて施与《ほどこし》を貰うために、この物淋しい月の夜をこんなところに彷徨《うろつ》いているのだ。
五位鷺《ごいさぎ》が鳴いて夜は暁に近づいた。
十七
その年も暮れて私は十九歳の春を迎えた。
停車場《ステーション》ではこのごろ鉄の火鉢に火を山のようにおこして、硝子《がらす》窓を閉めきった狭い部屋の中で、駅長の影さえ見えなければ椅子を集めて高谷千代子と大槻芳雄の恋物語をする、駅長と大槻とは知己なので駅長のいる時はさすがに一同遠慮しているけれども、助役の当番の時なんぞは、ほとんど終日その噂で持ちきるようなありさまである。おれはかしこの森で二人の姿を見たというものがあれば、おれはここの
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