、船長のたどたどしい筆蹟とはよほど違った」小さな、綺麗な手蹟で、「宝の大部分はここに。」――と書いてあった。
 裏には、同じ手蹟で、次のようなさらに詳しいことが書いてあった。――

「北北東より一ポイント(註二九)北に位して、遠眼鏡の肩、高い木。
 骸骨島東南東微東。
 十フィート。
 銀の棒は北の隠し場にあり。東高台の傾斜面にて、黒い断巌に面を向けてその十尋南のところに見出すを得。
 武器は、北浦の岬の北方、東に位し四分の一ポイント北に寄れる砂丘に容易に見出さる。
[#地から2字上げ]J・F。」

 これだけだった。が、簡短なものではあり、私には理解の出来ないものではあったけれども、これを見ると大地主さんとリヴジー先生とは大喜びだった。
「リヴジー君、」と大地主さんが言った。「君は厄介な医者商売なんぞはさっそくやめだね。明日《あす》私はブリストルへ立つ。三週間のうちに――三週間だぜ!――いや、二週間で――十日でだ、――我々はイギリスでも最上の船とだね、君、それから選り抜きの乗組員を手に入れるのだ。ホーキンズは船室給仕《ケビンボーイ》になって来るんだ。お前は素敵な船室給仕になるよ、ホーキンズ。君は、リヴジー君、船医だ。私は司令官になる。レッドルースと、ジョイスと、ハンターもつれてゆこう。我々は、順風を受けて、速く航海し、何の苦もなくその場所を見つけ、どうにも出来んほどの――あり余るほどの金を手に入れて、――それからはずっと金が湯水のように使えるようになるんだ。」
「トゥリローニーさん、」と医師が言った。「私は御一緒に行きますよ。それからジムも行くことは私が請合います。ジムはきっとこの企ての誉《ほまれ》たる者になるでしょう。ただ、私には気にかかる人が一人だけいます。」
「で、それぁだれだい?」と大地主さんが大声で言った。「君、其奴《そやつ》の名を言い給え!」
「あなたです。」と医師が答えた。「あなたは口を慎めないからです。この紙のことを知っているのは私たちだけじゃありません。あの今晩宿屋を襲った奴らや――確かに大胆な向う見ずの暴れ者たちだが――それから、例の帆船《ラッガー》に残っていた者どもも、また、恐らくあまり遠くもないところにいるその他の奴らも、みんな、水火を冒してもその金を手に入れようと決心しているんです。私たちは出帆してしまうまでは一人も離れてはなりません。ジムと私とはそれまでの間くっついていましょう。あなたはブリストルへ行かれる時にはジョイスとハンターとをつれてお出でなさい。そして、初めからおしまいまで、私たちのだれ一人も、私たちの見つけたもののことを一言も口にしてはなりません。」
「リヴジー君、」と大地主さんが答えた。「君の言われることはいつも正しい。私は墓のように黙っていますよ。」
[#改ページ]

   第二篇 船の料理番《コック》

     第七章 ブリストルへ行く

 海へ出る準備が出来るまでには、大地主さんの想像したよりも永くかかった。また、私たちの最初の計画は一つとして――私をそばに置いておくというリヴジー先生の計画でさえ――思ったように実行されはしなかった。先生は留守の間を預る医者を探しにロンドンへ行かなければならなかった。大地主さんはブリストルで頻りに奔走していた。そして私は、猟場番人のレッドルース爺さんの監督の下に、ほとんど囚人のようにして、屋敷にずっと住んでいた。だが、海の空想や、見知らぬ島々や冒険などの恍惚となるような予想で、頭は一杯だった。私は例の地図のことを幾時間も打続けて考えた。その地図の細かいところまでみんなよく覚えていたのだ。家事管理人の室の炉火のそばに腰掛けながら、私は、空想の中で、あらゆる方向からその島に近づいて行き、その島の表面を残る隈なく踏査し、遠眼鏡《スパイグラース》山と言われるあの高い山に千回も攀《よ》じ登って、その頂上からいろいろに変化する素晴しい跳望を眺めて楽しんだ。時にはその島は野蛮人で一杯で、それと私たちは闘った。時には危険な獣がたくさんいて、それが私たちを追っかけて来た。しかし、そういうあらゆる空想の中でも、私たちが後に実際の冒険で出合ったような奇妙な傷ましい出来事は一つも思い浮ばなかったのである。
 こうして何週間も過ぎていったが、或る日、リヴジー先生に宛てた手紙が一通来た。それには「同氏不在の節はトム・レッドルース又はホーキンズ少年開封の事」と書き添えてあった。この命令に従って、私たちは、というよりもむしろ私は――というのは猟場番人は印刷した物の他《ほか》はうまく読めなかったからであるが――次のような重大な知らせを読んだ。――

  「一七――年三月一日
[#地から3字上げ]ブリストル、古錨《オールド・アンカー》 旅宿にて。
 リヴジー君、――小生は貴下が屋敷に居られるか、それともまだロンドンに居られるかわからないので、この手紙を両地へ二通出します。
 船は購入して艤装してあります。いつでも出帆出来るように準備して、碇泊している。あれより気持のよいスクーナー船(註三〇)は貴下にも想像出来ないでしょう。――子供でも操縦が出来るかも知れない。――二百トンで、名はヒスパニオーラ号。
 この船は小生の旧友ブランドリーの周旋で手に入れたもので、彼は始めから終りまで実によくしてくれています。この感心な男は小生のために一心に働いてくれました。それからまた、ブリストルの人々も、我々の目指している港のことを――というのは宝のことだが――嗅ぎつけるや否や、だれも彼も非常によく働いてくれたと言ってもよいでしょう。」
「レッドルースさん、」と私は手紙を途中で止《や》めて言った。「リヴジー先生はこんなことは喜ばれますまいよ。あんなに言ってあったのに、大地主さんはやっぱりしゃべっておしまいになったんだね。」
「ううん、うちの旦那さまより偉《えれ》え人があるかな?」と猟場番人は唸るように言った。「大地主さんがリヴジー先生に遠慮してものが言えねえなんて、そんなべらぼうな話があるもんか。」
 そう言われたので私は説明するのは一切やめて、すぐに読み続けた。――

「ブランドリー自身がヒスパニオーラ号を見つけて、非常にうまく掛合ってごく安価で手に入れてくれたのです。ブリストルにはブランドリーをひどく毛嫌いしている連中もいます。彼等は、この正直な男を、金のためには何でもやるとか、ヒスパニオーラ号は彼のものだったのを、馬鹿に高い値で小生に売りつけたのだ、などとまで言います。――実に見え透いた中傷だ。だが、彼等の中の一人だって、この船の真価を否定する者はありません。
 今までのところは何一つ故障もありませんでした。もっとも、職工たちは――艤装人やら何やらは――じれったいくらいのろのろしていた。が、それは時のたつうちにどうにかなった。小生を悩ませたのは乗組員でした。
 小生はちょうど二十人ほしいと思いました、――土人や、海賊や、またはかの憎むべきフランス人に襲われた場合の用意にです。――そして六人だけ見つけるのにさえ非常に苦労をしました。ところがそのうちに実に素敵な幸運で小生は正に自分の必要とする男にめぐりあったのです。
 小生は波止場に立っていたのですが、その時、ほんのちょっとした偶然の機会で、その男と口を利くようになりました。聞いてみると、以前船乗をやっていた男で、今は居酒屋をやっているが、ブリストル中の船乗をみんな知っている、陸で健康を害したので、もう一度海へ出るために料理番《コック》としてのよい口を得たい、ということでした。彼の言うところでは、その朝は潮《しお》の香を嗅ぎにそこへやって来ていたのだそうです。
 小生は非常に感動して、――貴下ももし居られたらそうだったでしょう、――そして、ただ気の毒と思う情から、その場で彼を船の料理番に雇い入れました。のっぽのジョン・シルヴァーと彼は呼ばれています。そして脚が一本ありません。しかしこのことは推薦状だと小生は見倣《みな》しました。彼はかの不朽の名声あるホーク(註三一)の下で国家の為に働いてその片脚をなくしたのだからです。ところが彼には扶助料がついていないんだよ、リヴジー君。今は何という怪《け》しからん時代だろう!
 ところで、君、小生は料埋番を一人見つけただけだと思ったのだが、しかし実は小生の発見したのは全乗組員であったのです。シルヴァーと小生と二人で数日の中にこの上なしの倔強な老練な水夫の一団を集めたのです。――見た目はよくはないが、その面付《つらつき》から察すれは実に性根《しょうね》のしっかりした奴らです。これならきっと軍艦でも動かせるよ。
 のっぽのジョンは小生のすでに雇い入れておいた六七人の中から二人を除けさえしました。彼は、彼等が大事な冒険には恐れなければならぬあの海に慣れぬ奴らだということを、直ちに小生に見せてくれました。
 小生は、牡牛の如《ごと》くに食い、丸太の如くに眠って、素晴しく健康で元気です。しかし、わが老練な水夫君らが揚錨絞盤《キャプスタン》の周りを足踏み鳴らして歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る(註三二)のを聞くまでは、小生は一刻をも享楽しないでしょう。さあ、海へ! 宝なんぞはどうだっていい! 小生を夢中にさせているのは海の輝きだ。だから、リヴジー君、大急ぎでやって来給え。もし貴下が小生に敬意を持つならば、一時間も無駄にし給うな。
 ホーキンズ少年は、レッドルースを守護役にして、母親に会いにやって下さい。それから二人とも全速力でブリストルへよこして下さい。
[#地から3字上げ]ジョン・トゥリローニー。
 追伸。――書き洩したが、ブランドリーは航海長に素晴しい男を見つけてくれました。――頑固な男なのは残念だが、しかし他のあらゆる点では宝のような人物だよ。ブランドリーで思い出したから序《ついで》に書いておくが、彼はもし我々が八月末までに帰って来ない場合には伴船《ともぶね》を後からよこすことになっている。それから、のっぽのジョン・シルヴァーは副船長にすこぶる有能な男を発見した。アローという名の男だ。また、呼子を吹いて号令する正式の水夫長《ボースン》もいるよ、リヴジー君。だから、ヒスパニオーラ号では万事軍艦式にやります。
 書くのを忘れていたが、シルヴァーは財産家です。小生は彼がまだ一度も借越したことのない銀行通帳を持っているのを知っています。彼は細君を残して宿屋の方をやらせるそうだ。そしてその細君というのは黒人なんだから、貴下や小生の如《ごと》き永年の独身者は、彼がまた海へ出ようとするのは、健康のためと同じく細君のためだと推量しても、もっともな次第だ。
[#地から3字上げ]J・T。
 再追伸。――ホーキンズは母親の許で一晩泊ってもよろしい。
[#地から3字上げ]J・T。」

 この手紙がどんなに私を興奮させたかは諸君も御想像出来るであろう。私は嬉しくて我を忘れるくらいであった。そしてもし私がだれかを軽蔑したことがあるとするなら、それはトム・レッドルース爺さんだった。彼はただぶつぶつ言ったり泣言を並べたりするだけだった。猟場番人の下働はだれでも喜んでレッドルースと地位を代えたろう。がそれは大地主さんの意向ではなかった。そして大地主さんの意向は彼等みんなの間では法律のようなものであったのだ。レッドルース爺さんの他にはぶつぶつ不平を言う者さえだれ一人もいなかったろう。
 その翌朝、爺さんと私とは徒歩で「|ベンボー提督《アドミラル・ベンボー》屋」へ向った。行ってみると母は丈夫で元気だった。永い間あれほどの苦労の種だった船長は、もう悪《あ》しき者|虐遇《しひたげ》を息《や》める処(註三三)へ行ってしまった。大地主さんは、何もかも修繕させ、食堂などや看板も塗り換えさせ、家具も幾つか買い足してくれた。――とりわけ、帳場には母のために美しい臂掛椅子が一脚買ってあった。それからまた、私が出かけて行っている間母に手不足がないようにと、小僧として子供を一人見つけて来ておいてもあった。
 この子供を見ると、私は初めて自分の
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