い心細い気がしたからだ。しかし、不思議に引続いて起った出来事で、実際、私のために皆が救われることになったのである。とかくするうちに、私たちは思うままに話し合ったが、私たちの信頼出来るとわかっている者は二十六人の中に僅か七人であった。そしてこの七人の中で一人は子供だから、私たちの側の大人は向側の十九人に対して六人の訳だった。
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第三篇 私の海岸の冒険
第十三章 どうして海岸の冒険を始めたか
翌朝私が甲板へ出て見た時には、島の様子はすっかり変っていた。風はその時はまったく凪いでいたけれども、船は夜の間によほど進行していて、今は、低い東海岸の南東半マイルばかりのところに動かずにいた。灰色の森林が島の表面の大部分を蔽うていた。その一様な色合は、低地にある黄ろい砂地の縞と、他の樹々より高く立っている――或るものは一本で、或るものは群をなして――たくさんの松柏類の高い樹木とで、破られてはいた。が、全体としての色調は変化がなくてくすんでいた。例の山々は裸岩の尖峯をなして植物帯の上にくっきりと聳え立っていた。どの山も奇妙な恰好《かっこう》をしていたが、三四百フィートあって島では一番高い遠眼鏡《スパイグラース》山は、やはり形も一番奇妙で、ほとんどどの方面からも垂直に聳え立っていて、それから頂上のところで突然切り取られたようになっているので、彫像を載せる台のようだった。
ヒスパニオーラ号は大洋のうねりで排水孔が水の下へ入るほど横揺れしていた。帆の下桁は滑車《せみ》を強くひっぱり、舵はあちこちへばたんばたんと音を立て、船全体はぎいぎい軋ったり、唸るような音を立てたり、跳び上ったりして、工場のようだった。私は後支索にしっかりと縋《すが》りついていなければならなかったが、何もかも私や眼の前で眩暈《めまい》するほどぐるぐる※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]っていた。というのは、船足がついている時は私はなかなか船に酔わなかったのだが、こうじっとしていて罎《びん》のようにころころさせられるのでは、胸がむかむかせずにはいられなかったからで、とりわけ、朝の、空腹の時ではそうだった。
多分そのためであったろうが、――多分、灰色の憂鬱な森林や、荒涼たる岩石の尖峯や、嶮《けわ》しい磯に白波を立てて轟きわたっているのが見えも聞えもする寄波《よせなみ》など、そういう島の光景のためであったろうが、――とにかく、太陽は赫々《あかあか》と焼くが如《ごと》くに輝いていたし、海辺《うみべ》の鳥は私たちの周り中で魚を漁《あさ》って啼き叫んでいたし、永く航海をして来た後に上陸出来ることはだれだって嬉しかろうと思われるだろうが、私の心はすっかり滅入っていた。そして、前方をそうして最初に眺めた時から、宝島のことなど思うさえも厭になった。
退屈な朝仕事を私たちはやらなければならなかった。少しでも風の吹きそうな気配《けはい》もないので、ボートを下して水夫を乗り込ませ、船を曳索《ひきなわ》で曳いて、島の角を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、狭い水路を上って、骸骨《スケリトン》島の蔭の碇泊所まで三四マイル行かねばならなかったのだ。私はそのボートの中の一艘に自ら進んで乗り組んだ。もちろん、何の用事もなかったのであるが。暑気はひどくて、水夫たちは仕事に猛烈に不平を鳴らした。アンダスンは私の乗っていたボートを指揮していたが、乗員を取締るどころか、一番ひどくぶつぶつ言った。
「ふん、こんなことは永《なげ》えこっちゃねえんだ。」と彼は罵り言葉と共に言うのだった。
これはずいぶん悪い徴候だなと私は思った。というのは、その日までは船員は任務を活溌に喜んでやって来たのだからである。が、島が見えるともう訓練の綱が弛んでしまったのだ。
入って行く間中、のっぽのジョンは舵手《かじとり》のそばに立って船の操舵を指揮していた。彼はその水路を自分の掌のように知っていた。そして、舷側《ふなばた》にいて測鉛で水深を測っている男がどこでも海図に記《しる》してあるよりも水が深いと言ったけれども、ジョンは一度も躊躇しなかった。
「退潮《ひきしお》で底がぐうっと洗い流されてるんだよ。」と彼は言った。「で、この水路はまあ言わば鋤で掘り出されてるようなものなのさ。」
私たちはちょうど海図に錨の記してある処に投錨した。一方は本島、もう一方は骸骨島で、どちらの岸からも三分の一マイルばかりのところだった。海底は綺麗な砂であった。錨を投げ込むと、鳥の群《むれ》がぱっと飛び立って森の上をぐるぐる※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りながら啼き叫んだ。けれども一分とたたないうちに再び舞い降りて、すべてがもう一度ひっそりとした。
その場所はまったく陸で囲まれており、森で埋ったようになっていて、樹木はちょうど高潮線(註五四)のところまでも生い茂り、海岸は大抵平坦で、山々の頂は、ここに一つ、彼処に一つと、円形劇場のようになって遠くにぐるりと立っていた。二つの小川が、というよりもむしろ二つの沼が、この池と言ってもいいところへ注いでいて、海岸のその部分のあたりにある簇葉《むらば》は一種の毒々しい輝きを持っていた。船からは、小屋や柵壁はちっとも見えなかった。それらは樹木の間にすっかり埋っていたからだ。それで、もし船室昇降口室《コムパニヨン》にあの海図がなかったなら、私たちは、その島が海中から生じてから此方《このかた》そこにかつて碇泊した最初の者であると思ったかも知れなかった。
そよとの風もなかったし、また、半マイルも彼方に、外洋の磯に打ち寄せ岩石に激して、どどうっと響いている寄波の他《ほか》には、何の物音もしなかった。その碇泊所一面には一種特別の澱んだ臭いが漂うていた、――水に浸った木の葉や腐った木の幹の臭いが。私は、医師が、悪い卵を口にした人のように、頻りに鼻でくんくん嗅いでいるのを認めた。
「実のことは知らないが、しかしここに熱病があることは私はこの仮髪《かつら》を賭けるよ。」と先生は言った。
水夫たちの挙動はボートの中では驚くべきものであったとするなら、彼等が船へ帰って来た時にはそれはほんとうに険悪なものとなって来た。彼等は甲板のあちこちに寝ころんで呶鳴《どな》りながら話し合っていた。ほんのちょっとした命令が出されたところが、脹《ふく》れっ面《つら》をし、不承不承にぞんざいにそれをやった。実直な船員までがかぶれたに違いない。船中には他の者を匡正してやる者が一人もいなかったからである。暴動が雷雲のように私たちの上に覆いかかっていることは明かだった。
そして、この危険を看て取った者は、私たち船室《ケビン》の連中ばかりではなかった。のっぽのジョンはあっちの群からこっちの群へと熱心に歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、頻りに忠告をしていた。手本としてはだれもそれ以上は示せないくらいであった。彼はまったくいつにもないほどいそいそとしていて慇懃だった。だれに対してもにこにこしていた。何か言いつけられると、ジョンは、この上もなく快活に「はいはい!」と言いながら、直ちに自分の※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をあてた。そして、他に何もすることのない時には、他の者の不平を隠そうとでもするように、次から次へと唄を歌い続けた。
その陰鬱な午後のあらゆる陰鬱な事柄の中でも、のっぽのジョンのこの一目瞭然たる心遣いは最も気味悪く思われた。
私たちは船室で会議を開いた。
「さて、」と船長が言った。「もし私が構わずにもう一度命令を出そうものなら、全船の者がたちまちにどっと私たちを襲って来るでしょう。御覧の通り、こういったような有様です。私に乱暴な返事をしましたでしょう? ところで、私が何か言い返せば、たちまち槍が飛んで来るでしょうし、何も言わなければ、シルヴァーはこれには何か訳があるのだと悟るでしょう。そうなれば万事休すです。そこで、頼りになる人間がたった一人だけおります。」
「で、それはだれです?」と大地主さんが尋ねた。
「シルヴァーです。」と船長が答えた。「あいつはあなた方や私と同様に一所懸命に揉み消そうとしています。これはちょっとした不平です。あいつは機会さえあれば間もなく奴らを説いてそれを止めさせましょうよ。で、私の提議しますのは、奴にその機会を与えようということなんです。水夫たちに午後の上陸を許してやろうじゃありませんか。もし彼等がみんな行けば、私たちはこの船を操縦して戦いましょう。もし彼等が一人も行かなければ、その時は、私たちは船室《ケビン》を守るのです。神が正しき者を護って下さいますように。もし何人かが行けば、よろしいですか、シルヴァーは奴らをまた小羊のようにおとなしくして船へつれて来ますよ。」
そういうことに決定された。弾丸を籠めたピストルが確実な味方の者全部に配られた。ハンターと、ジョイスと、レッドルースとは秘密を打明けられたが、それを聞いても、私たちの予期していたよりも驚きもしなかったし元気も盛んだった。それから、船長は甲板へ行って船員に言い渡した。
「諸君、」と彼は言った。「今日は暑くて、みんな疲れていて元気がない。一度上陸しても別にさしつかえはあるまい、――ボートもまだ揚げてないことだし。君たちはあの快艇《ギッグ》に乗って、何人でも好きなだけ午後中上陸してもよろしい。日没《ひのいり》の半時間前に砲を撃《う》って知らせる。」
その愚かな奴らは陸へ上るや否や宝に蹴躓《けつまず》いて向脛《むこうずね》をへし折るくらいに思っていたに違いない。というのは、彼等はみんなたちまち仏頂面を直して、万歳を叫んだからで、その声は遠くの山に反響して、鳥がもう一度碇泊所の周りに飛び立ってがあがあ鳴き騒いだ。
船長は彼等の邪魔になっているようなへまなことはしなかった。彼は、上陸隊を取纏めることはシルヴァーに任せて、すぐに身を隠した。彼がそうしたのはよかったと私は思う。もし船長が甲板にいたなら、もはや現在の事態を知っていないような風をしていることさえ出来なかったろう。事態は白昼のように明かだったのだ。シルヴァーは船長で、有勢な叛徒の船員を部下に有しているのだ。実直な水夫というのは――そして私は間もなく船中にそういう者たちがいるという証拠を知ることになったのであるが――ごく愚鈍な連中だったに違いない。いや、もっと正確に言えば、ほんとうのところはこうではなかったろうかと思う。すなわち、発頭人どもの示す手本によってすべての船員が不平を抱くようになったので、ただ、或る者はその程度がひどく、或る者はそれが少かったのだ。そして、少数の者は、大体善良な連中なので、それ以上になりもしなければさせられもしなかったのであろう。ぶらぶらしていてずるけることと、船を奪って罪もない多くの人を殺すこととは、まったく別のことなのである。
とにかく、やがて上陸隊が編成された。六人のものが船に留《とど》まることになり、シルヴァーをも含めた残りの十三人が乗り込み始めた。
その時のことだった、私たちの生命を救うによほど与《あずか》って力のあったあの向う見ずな考えの最初のものが、私の頭に思い浮んだのは。シルヴァーが六人を残してゆくとなれば、味方が船を占領してそれを操縦して戦うことが出来ないことは明かであった。また、たった六人だけ残されるのだから、船室の連中が現在のところ私の助力を必要としないことも同じく明かだった。私は上陸しようと直ちに思いついたのだ。で、すぐさま舷側を滑り下りて、近い方のボートの艇首座に身を丸くしてちぢこまった。と、ほとんど同時にそのボートは押し出された。
だれも私に目を留める者がなく、ただ舳《へさき》の漕手が「お前かい、ジム? 頭を低くしていろよ。」と言っただけだった。しかし、シルヴァーは、もう一艘のボートから、目ざとくこっちを見て、それが私かどうかを大声で尋ねた。で、その瞬間から私は自分のしたことを後悔し始めた。
船員たちは渚まで競漕したが、私の乗っていたボー
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