長は叫んだ。
「有難うございます。」とジョイスはやはり穏かな慇懃な調子で答えた。
 その後しばらくは何事もなかった。が、今の話で私たちみんなは気をひきしめて、耳も眼も緊張させていた。――銃手は銃を両手で構え、船長は口を堅く結び、顔を顰《しか》めて、小屋の真中に突っ立った。
 そうして数秒たつと、突然ジョイスが銃を手早く上げて発砲した。その銃声が消え去るか去らないに、外からはそれに応じてばらばらな一斉射撃が起り、囲柵のあらゆる側から引続いて一弾また一弾と飛んで来た。数発の弾丸が丸太小屋に中《あた》ったが、一発も内へは入らなかった。そして、煙が消え去った時には、柵壁も、その周りの森も、前と同じようにひっそりとしてだれもいなかった。枝一本揺れないし、銃身がぴかりと閃いて敵のいることを示しもしなかった。
「君の狙った奴に中ったか?」と船長が尋ねた。
「いいえ。」とジョイスは答えた。「中らなかったと思います。」
「それでもほんとのことを言うのはまだしも結構。」とスモレット船長が呟いた。「ホーキンズ、この人の鉄砲に弾丸《たま》を籠めてやりなさい。先生、あなたの側には何発ほど来ましたか?」
「はっきりとわかっています。」とリヴジー先生が言った。「この側には三発発砲して来ました。ぴかりと光るのが三つ見えたのです、――二つはくっついて、――一つはずっと西の方で。」
「三発と!」と船長は繰返して言った。「それから、トゥリローニーさん、あなたの側は何発でしたか?」
 しかしこれはそう容易には答えられなかった。北からはたくさん来たのだ。――大地主さんの計算では七発、グレーの言うところによれば、八発か九発だった。東と西とからは、たった一発ずつしか発砲されなかった。だから、攻撃は北側から開始されるので、他の三方では見せかけの敵対行為に煩わされるだけだ、ということは明かだった。しかしスモレット船長は彼の手配を少しも変えなかった。彼の主張するところでは、もし謀叛人どもが柵壁を越えるのに成功すれば、どれでも護りのない銃眼を占領して、私たちをこの砦《とりで》の中で鼠のように射殺してしまうだろう、というのであった。
 それにまた、私たちには考えている余裕も大してなかった。不意に、わあっと喊声をあげながら、一群の海賊が北側の森から躍り出して、柵壁へとまっすぐに走って来た。同時に、銃火がもう一度森から開かれて、一発のライフル銃の弾丸がひゅうっと戸口から飛んで来て、医師の銃をめちゃめちゃに壊してしまった。
 突撃隊は猿のように柵の上に群った。大地主さんとグレーとは続けざまに発砲した。三人の奴が倒れた。一人は前へ倒れて囲柵の中へ落ち、二人は後へ倒れて外側に落ちた。しかしこの中で、一人は明かに負傷したよりもびっくりして倒れたのであった。なぜなら、彼はたちまち再び立ち上って、すぐに樹立の中へ姿を消してしまったから。
 二人が斃《たお》れ、一人が逃げ、四人がうまく私たちの防禦陣地の内へ足を入れた。同時に、森の蔭からは、七八人の者が、いずれも明かに数挺ずつの銃を持っているらしく、丸太小屋めがけて、中りはしないが猛烈な射撃を続けた。
 闖入《ちんにゅう》して来た四人の者は小屋に向ってまっすぐに突進し、走りながら喚き声をあげた。すると樹立の中にいる連中もわあっと喚き返して彼等を声援した。こちらからは数発撃った。しかし、射手があせっていたので、一発も効果はなかったらしい。瞬く間に、四人の海賊は丘を攀《よ》じ登って私たちに迫って来た。
 水夫長《ボースン》のジョーブ・アンダスンの頭が中央の銃眼のところににゅっと現れた。
「奴らをやっつけろ、みんな、――みんな!」と彼は雷のような声で呶鳴《どな》った。
 同時に、もう一人の海賊はハンターの銃口を掴み、それを彼の手から捩り取り、銃眼からひったくって、猛烈な一撃を喰わしたので、ハンターは可哀そうに気絶して床《ゆか》の上に倒れた。その間に、もう一人の奴は無事に小屋をぐるりと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、不意に戸口に現れ、彎刀で医師に打ってかかった。
 私たちの位置はすっかり反対になった。もうちょっと前には、私たちは掩護物の蔭から身を曝している敵を射撃していたのだが、今では、曝露されていて一撃も返すことの出来ないのは私たちの方となった。
 丸太小屋は煙で一杯になった。私たちが割合に無事だったのはそのためであった。叫び声とどたばたする音、ピストルを発射する閃光と轟音、一声の高い呻き声などが、私の耳の中に鳴り響いた。
「出るんだ、諸君、出るんだ。外で戦うんだ! 彎刀《カトラス》を取れ!」と船長が叫んだ。
 私は例の薪の山から一本の彎刀を素早くひっ掴んだ。と同時にだれかが別のをひっ掴んで、私の指の関節をさっと切ったが、私はそれをほとんど
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