りして来たあらゆる乞食の中で、彼はぼろぼろの着物を着ている点では大将だった。彼は古びた船の帆布と古びた船布とで拵えた襤褸《ぼろ》着物を着ていた。そしてこの異様な補綴細工《つぎはぎざいく》は、真鍮のボタンだの、木片だの、タールまみれの括帆索の紐輪だのという、実に種々様々な不調和な留具《とめぐ》ですっかりくっつけてあった。腰には真鍮のびじょ金《がね》のついた古びた革帯を巻いていたが、それが彼の服装全体の中で唯一の確かなものだった。
「三年間もだって!」と私は叫んだ。「じゃあ君は難破したのかい?」
「いいや、そうじゃねえよ、兄弟《きょうでえ》。」と彼は言った。――「置去りにされたんさ。」
 この置去りと言う言葉は私も前に聞いたことがあって、それが海賊仲間にはごくありふれた一種の怖しい刑罰で、反則者に僅かばかりの火薬と弾丸とを持たせ、どこか遠くの人のいない島に上陸させて、置いて来ることだ、ということは知っていた。
「三年前に置去りにされてね、」と彼は言い続けた。「それからこっちは、山羊と、苺《いちご》と、牡蠣《かき》で命を繋いで来たんだ。どこにいても人間ってものはね、人間てものはどうにかやってゆけるもんだねえ。だが、兄弟、俺は人間の食物《くいもの》がほしくってたまんねえのさ。お前《めえ》さんはひょっとしてチーズを一|片《きれ》持ち合していやしねえかね、え? 持たねえって? やれやれ、俺あ幾晩も幾晩も永《なげ》え夜《よ》うさりチーズの夢をみたよ、――大概《てえげえ》、炙《あぶ》った奴さ。――そしてまた目が覚めてみると、やっぱりここにいるのさ。」
「もしいつか僕がまた船へ乗れたら、君にチーズをどっさりあげるよ。」と私が言った。
 この間中、彼は、私のジャケツの地質に触ってみたり、私の手を撫でたり、私の長靴を眺めたり、概して、彼の話している合間合間に、同じ人間仲間のいることに子供のような喜びを示していたのであった。けれども、私の最後の言葉を聞くと、彼はぎっくりとしたようにこすく顔を振り上げた。
「もしいつかまた船に乗れたら、ってお前さんは言ったね?」と彼は私の言葉を繰返して言った。「ふうん、すると、だれがお前さんの邪魔をするのかい?」
「君じゃあないことだけは確かさ。」と私は答えてやった。
「そりゃそうだよ。」と彼は叫んだ。「ところでお前さんは――お前さんは何ていう名だね、兄弟?」
「ジムだよ。」と私は言ってやった。
「ジム、ジム。」と彼はまったく喜んでいるらしく言った。「じゃ、ねえ、ジム、俺はね、お前さんが聞くと恥しがるくれえ乱暴な渡世をして来た男だよ。まあ、例えばさ、お前さんはこの俺に信心|深《ぶけ》え母親《おふくろ》があったとは思うめえ、――この俺を見てね?」と彼は尋ねた。
「いや、なあに、格別そうでもないがねえ。」と私は答えた。
「ああ、そうかね。」と彼は言った。「とにかく、俺にゃあそんな母親があったのさ、――素敵に信心深え母親がな。それに俺も行儀のいい信心探え子供だったよ。教義問答なんか、とても聞き取れねえくれえ早口に、ぺらぺら言えたもんだぜ。それがこういう有様になったのだよ、ジム。そしてこれも墓石の上で投銭戯《あないち》(註五五)をやったのが始まりさ! それが始まりだったが、それからだんだん深入りしたんだ。俺の母親は俺にそうなるって言ってたよ。何もかもすっかり言いあてたのさ、母親はな。信心深え女《ひと》だったなあ! だが、俺がこんなとこに置かれることになったなあ、神様の思召しだったよ。俺あこの淋しい島でそんなことをすっかり考えて来たんで、今じゃまた信心深え男に返《けえ》ってるんだ。もうラムなんか決してあんなにたくさん飲みやしねえ。もっとも、初めてありつけた時にゃあ、もちろん、縁起にほんのちょっとくれえはやるがね。俺あ真人間にならなくちゃあならんし、その見越しもちゃんとついているんだ。それにね、ジム、」――とあたり中を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しながら、耳語くらいに声を低めて、――「俺は金持なんだぜ。」
 私は、その時、この男はこんな寂しいところに独りぽっちでいたために可哀そうに気が変になっているのだと思った。そして、その気持がきっと私の顔に現れたのだろうと思う。というのは、彼は躍起となってその言葉を繰返したから。――
「金持だぜ! 金持だってえんだよ! で、お前さんにいい話をしてあげよう。俺はお前さんを立派な男にしてあげるぜ、ジム。ああ、ジム、お前さんは自分の運勢を有難く思うようになるよ、きっと。何《なん》しろ、お前さんは俺を一番先にめっけてくれた人だからなあ!」
 そして、こう言った時、突然彼の顔に不機嫌な影がさし、彼は片手に掴んでいる私の手を強く握ると、私の眼の前に嚇《おど》すように人差指を挙げた。
「とこ
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