うになっていて、樹木はちょうど高潮線(註五四)のところまでも生い茂り、海岸は大抵平坦で、山々の頂は、ここに一つ、彼処に一つと、円形劇場のようになって遠くにぐるりと立っていた。二つの小川が、というよりもむしろ二つの沼が、この池と言ってもいいところへ注いでいて、海岸のその部分のあたりにある簇葉《むらば》は一種の毒々しい輝きを持っていた。船からは、小屋や柵壁はちっとも見えなかった。それらは樹木の間にすっかり埋っていたからだ。それで、もし船室昇降口室《コムパニヨン》にあの海図がなかったなら、私たちは、その島が海中から生じてから此方《このかた》そこにかつて碇泊した最初の者であると思ったかも知れなかった。
そよとの風もなかったし、また、半マイルも彼方に、外洋の磯に打ち寄せ岩石に激して、どどうっと響いている寄波の他《ほか》には、何の物音もしなかった。その碇泊所一面には一種特別の澱んだ臭いが漂うていた、――水に浸った木の葉や腐った木の幹の臭いが。私は、医師が、悪い卵を口にした人のように、頻りに鼻でくんくん嗅いでいるのを認めた。
「実のことは知らないが、しかしここに熱病があることは私はこの仮髪《かつら》を賭けるよ。」と先生は言った。
水夫たちの挙動はボートの中では驚くべきものであったとするなら、彼等が船へ帰って来た時にはそれはほんとうに険悪なものとなって来た。彼等は甲板のあちこちに寝ころんで呶鳴《どな》りながら話し合っていた。ほんのちょっとした命令が出されたところが、脹《ふく》れっ面《つら》をし、不承不承にぞんざいにそれをやった。実直な船員までがかぶれたに違いない。船中には他の者を匡正してやる者が一人もいなかったからである。暴動が雷雲のように私たちの上に覆いかかっていることは明かだった。
そして、この危険を看て取った者は、私たち船室《ケビン》の連中ばかりではなかった。のっぽのジョンはあっちの群からこっちの群へと熱心に歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、頻りに忠告をしていた。手本としてはだれもそれ以上は示せないくらいであった。彼はまったくいつにもないほどいそいそとしていて慇懃だった。だれに対してもにこにこしていた。何か言いつけられると、ジョンは、この上もなく快活に「はいはい!」と言いながら、直ちに自分の※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をあてた。そして、他に何もすることのない時には、他の者の不平を隠そうとでもするように、次から次へと唄を歌い続けた。
その陰鬱な午後のあらゆる陰鬱な事柄の中でも、のっぽのジョンのこの一目瞭然たる心遣いは最も気味悪く思われた。
私たちは船室で会議を開いた。
「さて、」と船長が言った。「もし私が構わずにもう一度命令を出そうものなら、全船の者がたちまちにどっと私たちを襲って来るでしょう。御覧の通り、こういったような有様です。私に乱暴な返事をしましたでしょう? ところで、私が何か言い返せば、たちまち槍が飛んで来るでしょうし、何も言わなければ、シルヴァーはこれには何か訳があるのだと悟るでしょう。そうなれば万事休すです。そこで、頼りになる人間がたった一人だけおります。」
「で、それはだれです?」と大地主さんが尋ねた。
「シルヴァーです。」と船長が答えた。「あいつはあなた方や私と同様に一所懸命に揉み消そうとしています。これはちょっとした不平です。あいつは機会さえあれば間もなく奴らを説いてそれを止めさせましょうよ。で、私の提議しますのは、奴にその機会を与えようということなんです。水夫たちに午後の上陸を許してやろうじゃありませんか。もし彼等がみんな行けば、私たちはこの船を操縦して戦いましょう。もし彼等が一人も行かなければ、その時は、私たちは船室《ケビン》を守るのです。神が正しき者を護って下さいますように。もし何人かが行けば、よろしいですか、シルヴァーは奴らをまた小羊のようにおとなしくして船へつれて来ますよ。」
そういうことに決定された。弾丸を籠めたピストルが確実な味方の者全部に配られた。ハンターと、ジョイスと、レッドルースとは秘密を打明けられたが、それを聞いても、私たちの予期していたよりも驚きもしなかったし元気も盛んだった。それから、船長は甲板へ行って船員に言い渡した。
「諸君、」と彼は言った。「今日は暑くて、みんな疲れていて元気がない。一度上陸しても別にさしつかえはあるまい、――ボートもまだ揚げてないことだし。君たちはあの快艇《ギッグ》に乗って、何人でも好きなだけ午後中上陸してもよろしい。日没《ひのいり》の半時間前に砲を撃《う》って知らせる。」
その愚かな奴らは陸へ上るや否や宝に蹴躓《けつまず》いて向脛《むこうずね》をへし折るくらいに思っていたに違いない。というのは、彼等はみんなたちま
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