「ジョン、お前は偉者《えらもの》だ!」と舵手が叫んだ。
「見てからそう言うがいいさ、イズレール。」とシルヴァーは言った。「たった一つ己に望みがある、――トゥリローニーが望みだ。己はこの手であの間抜野郎の首を胴体から捩じ切ってやるのだ。ディック!」と彼は急に言葉を止めて言い足した。「お前、いい子だから、ちょっと跳び上って、己に林檎を一つ取ってくれ。咽《のど》を湿《しめ》すんだから。」
 その時の私の恐怖は想像出来るであろう! その力さえあったなら私は跳び出て逃げ出したことだろう。けれども私の手足も心も同様に私をためらはせた。ディックが立ち上りかけるのが聞えた。それからだれかが彼を止めたようだった。そしてハンズの大声に言う声が聞えた。――
「おお、止《よ》せ止せ! その樽の中のものなんかしゃぶるなよ、ジョン。ラムを一|杯《ぺえ》やろうじゃねえか。」
「ディック、」とシルヴァーが言った。「お前を信用するよ。樽の上に計量器がある、いいかい。それ、鍵だ。小皿に一杯入れて持って来てくれ。」
 私はびくびくしてはいたけれども、アローさんが身を滅ぼすようになった強い酒を手に入れたのも、こんな風にしてだったに違いない、と思わずにはいられなかった。
 ディックはほんのしばらくの間行っていたが、彼のいない間イズレールは料理番にずっと囁き続けていた。私の聞き取れたのはほんの一二語に過ぎなかったけれども、それでも私は重大な消息を知った。というのは、他にも同じような意味のきれぎれの文句の他に、こういう文句全体が聞えたからである。「あいつらはもう一人もこっちへつくめえよ。」とすると、船中にはまだ忠実な船員もいる訳であった。
 ディックが戻って来ると、三人は順々に小皿を取って飲んだ。――一人は「運がいいように。」と言って飲み、もう一人は「フリントのために祝杯を。」と言って飲み、シルヴァーは歌のような調子で「己たちのために祝杯を挙げる。しっかりやるんだ。そうすりゃ獲物はどっさり、御馳走もどっさりだ。」と言って飲んだ。
 ちょうどその時、樽の中にいる私に何だか明るい光がぱっと射《さ》して来た。見上げると、月が昇っていて、後檣《ミズンマスト》の頂を銀色にし、前檣帆《フォースル》の前縁に白く輝いているのだった。そして、それとほとんど同時に、見張りの者の声が「陸が見えるぞう!」と叫んだ。

     第十二章 戦争会議

 甲板をどかどかと走る足音がした。人々が船室《ケビン》や水夫部屋《フォークスル》から駆け上って来るのが聞えた。それで、私はたちまちに樽の外へひらりと出て、前檣帆《フォースル》の後《うしろ》に隠れ、船尾の方へくるりと向を変えて、広い甲板のところへ出て来ると、ちょうど折よく、風上船首へと走ってゆくハンターとリヴジー先生とに一緒になった。
 そこには船員がすでにみんな集っていた。帯のようになっていた霧が月の出とほとんど同時に霽《は》れていた。船から遥か南西に当って、二つの低い山が二マイルばかり離れて立っているのが見え、その中の一つの背後に第三のもっと高い山が聳えていて、その山嶺はまだ霧に包まれていた。三つとも尖っていて円錐形をなしていた。
 これだけを私はほとんど夢心地で見た。というのは、一二分前のあのぞっとするほどの恐しさから、私はまだ恢復していなかったからである。その時スモレット船長が命令を下す声が聞えた。ヒスパニオーラ号は二ポイントだけ風の吹いて来る方角の方へ向けられ、今度はちょうど島の東側を島に触れずに通り過ぎるような針路で進んで行った。
「さて、みんな、」と船長は、すべての帆が帆脚索で十分に張られた時に、言った。「君たちの中でだれか以前に前のあの島を見た者があるかね?」
「わっしが見ました。」とシルヴァーが言った。「わっしは或る貿易船に料理番《コック》をしてました時に、あそこへ水を取りに行ったことがごぜえます。」
「碇泊所は南側で、小島の蔭だと思うが?」と船長が尋ねた。
「はあ、そうです。骸骨《スケリトン》島ってその島を皆は申しております。もとは海賊どもの大事《でえじ》な処でして、わっしらの船にいた一人の水夫が奴らのつけていた名前をみんな知ってました。北の方にあるあの山を奴らは前檣《フォーマスト》山と言っております。三つの山が南の方へ一列に並んでますな、――前檣山と、大檣《メーンマスト》山と、後檣《ミズンマスト》山という風に。けれど、大檣山を――あの雲のかかったでっけえ奴ですが――奴らは普通は遠眼鏡《スパイグラース》山って言っておりますよ。奴らが船を掃除するのに碇泊していた間、あの山に見張りを置いたという訳でね。失礼ながら、奴らが自分らの船を掃除しましたのは、あそこなんですから。」
「ここに海図があるがね。」とスモレット船長が言った。「それが
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