そして、実際、衣服こそ粗末でものの言い方もぞんざいではあったけれども、彼には平水夫《ひらすいふ》らしいところは少しもなく、平生人をこき使ったりぶん殴ったりし慣れている副船長か船長のように思われた。手押車を押して来た男の話によれば、彼はその日の朝「|ジョージ王《ロイアル・ジョージ》屋」のところで駅逓馬車(註六)を降り、海岸沿いにどんな宿屋があるかと尋ねて、私の家が多分評判がよく、また一軒離れていると聞かされたのであろう、他のところよりも私の家を滞在処に択んだのだという。そしてこの客人について私たちの知り得たことはそれだけだった。
彼はいつもごく無口《むくち》な男であった。昼は一日中、真鍮の望遠鏡を持って、入江の周りや、または断崖の上をうろついていた。晩はずっと談話室《パーラー》の隅の炉火のそばに腰掛けて、あまり水を割らない強いラムを飲んでいた。話しかけられても大抵は口を利かなかった。ただ不意におそろしい顔をして見上げ、霧笛のように鼻を鳴らすだけだった。で、私たちも家《うち》のあたりへ来る人々も間もなく彼を相手にしないようになった。毎日、彼は、ぶらぶら歩きから帰って来ると、だれか船乗《ふなのり》が街道を通って行かなかったかと尋ねるのが常であった。初めのうちは、私たちは、彼がこういう質問をするのは自分と同じ仲間がほしいからだと思っていた。が、彼には、彼がそういう連中を避けたがっているのだということがわかりかけて来た。海員が「ベンボー提督屋」に泊ると(折々海岸伝いにブリストル(註七)へ行く者が泊ることがあったのだ)、彼はカーテンをつけてある入口からその男を覗いて見てから、談話室へ入るのであった。そしてだれでもそういう人のいる時には、彼はいつでも必ず小鼠のようにこっそりしていた。少くとも私だけには、この事柄は不思議ではなかった。というのは、私は幾分彼と懼れを共にする者であったからである。彼は或る日私を脇へつれて行き、もし「一本脚の船乗を油断なく」見張っていて、見えたらすぐに知らせてくれさえしたら、毎月の一日に四ペンス銀貨を一枚ずつやると約束したのだ。月の一日が※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って来て、私が自分の報酬を請求すると、彼はただ私に向って鼻を鳴らして、私をじっと睨みつけることが、たびたびあった。が、その週の終らないうちに必ず考え直して、その四ペンスの銀貨を
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