った。「左手へ左手へと行くんだよ、ジム君! その木の下へ入《へえ》るんだ! そこが俺が初めて山羊を殺した処さ。今じゃあ山羊の奴らはこんなとこまで下りて来やしねえ。ベンジャミン・ガンが怖《こえ》えんで、みんなあの山の上へ逃げちまったよ。ああ! そこにはばかがある。」――墓場というつもりだったに違いない。「塚があるだろ? 俺は時々ここへ来てお祈りをするんさ。多分|今日《きょう》あたりは日曜だろうと思った時にね。それぁなるほど礼拝堂じゃねえさ。だけど、この方がよっぽど有難《ありがて》えような気がしたよ。で、お前さんは言うんだぜ、ベン・ガンは手不足で困りやした、ってね。――牧師さまはいらっしゃらねえし、聖書や旗でせえねえんですから、とね。」
 私が走ってゆく間に彼はそのようにしゃべり続けていたが、別に返事を期待するのでもなく、また私も何の返事もしなかった。
 大砲の音の次に、かなり間をおいてから、小銃の一斉射撃が聞えた。
 それが止んでまたひっそりとし、それから、私は、前方四分の一マイルとないところに、英国国旗《ユニオンジャック》が森の上の空中に翻っているのを見た。
[#改ページ]

   第四篇 柵壁

     第十六章 医師が続けた物語
           どうして船を棄てたか

 あの二艘のボートがヒスパニオーラ号から岸へ行ったのは、一時半――海語で言うと三点鐘(註五七)――頃であった。船長と、大地主と、私とは、船室《ケビン》でいろいろと相談をしていた。一陣の微風でもあったなら、吾々は船に残っている六人の謀叛人を襲い、錨索を放って、沖へ出たであろう。しかし風はなかったし、その上、どうにも仕方がなくなったことには、ハンターが降りて来て、ジム・ホーキンズがいつの間にかボートへ入り込んで皆と一緒に上陸してしまったと知らせてくれた。
 吾々はジム・ホーキンズを疑う気は少しも起らなかったが、彼が無事でいられるかと非常に心配になった。ああいう気の荒くなっている連中と一緒に行ったのでは、吾々が再びあの子を見られるかどうか見込は五分五分のように思われた。吾々は甲板へ駆け上った。瀝青《チャン》が板の接目《つぎめ》で泡立っていた。その場所に漂う気持の悪い悪臭が私の胸を悪くさせた。もし熱病や赤痢を嗅げる処があるとするなら、あの厭な碇泊所こそ正にそれであった。例の大人の悪党は前甲板の帆の
前へ 次へ
全206ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング