険好きの旅行者は、たった一人しか残っていなかった。他の二人は途中のそれぞれの目的地で下りてしまっていたからだ。馬車の黴臭い内部は、その湿《しめ》っぽい汚《よご》れた藁と、不愉快な臭気と、薄暗さとで、幾らか、大きな犬小屋のようであった。藁をふらふらにくっつけ、長い毳《けば》のある肩掛をぐるぐる巻きつけ、鍔《つば》のびらびらしている帽子をかぶり、泥だらけの脚をして、その馬車の中から体《からだ》をゆすぶりながら出て来た、乗客のロリー氏は、幾らか、大きな犬のようであった。
「明日《あす》カレー★行きの定期船は出るだろうね、給仕?」
「さようでございます、旦那、もしお天気が持ちまして風が相当の順風でございますればね。潮《しお》は午後の二時頃にかなり工合よくなりますでしょう、はい。で、お寝《やす》みですか、旦那?」
「わたしは晩になるまでは寝まい。しかし、寝室は頼む。それから床屋をな。」
「それから御朝食は、旦那? はいはい、畏りました。は、どうぞそちらへ。和合《コンコード》の間へ御案内! お客さまのお鞄《かばん》と熱いお湯を和合《コンコード》の間へな。お客さまのお長靴は和合《コンコード》の間でお
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