るように出来ているということは、考えてみると驚くべき事実である。私が夜間にある大きな都会に入る時、その暗く寄り集っている家々の一つ一つがそれぞれの秘密を包んでいるということや、その一つ一つの家の中の一つ一つの室がまたそれぞれの秘密を包んでいるということや、そこにいる幾十万の胸の中に鼓動している一つ一つの心臓が、それの思い描いている事柄によっては、それに最も近しい心臓にとっても一の秘密である! ということは、考えると厳《おごそ》かな事柄である。死というものでさえ、その恐しさの幾分かは、このことに基くのである。もはや私は自分の愛したこの懐《なつか》しい書物の紙葉をめくることが出来ない。そして、いつかはそれをみんな読もうと思っていた望みも空しくなってしまう。もはや私は深さの測り知られぬこの水の底を覗き込むことが出来ない。瞬時の光がちらりと射し込んだ時に、私はその水の中に沈んでいる宝やその他の物を瞥見したことがあったのだが。その書物は、私がたった一頁だけ読んでしまうと、永久に永久にぴたりと閉じられる宿命《さだめ》になっていたのだ。その水は、光がその水面に閃いていて、私が岸に何も知らずに立ってい
前へ
次へ
全341ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング