造るのに低く屈んでいる白髪の頭を見下しながら、言った。
 その頭はちょっとの間揚げられ、そして、ごく弱々しい声が、あたかも遠くで言っているかのように、その挨拶に答えた。――
「今日《こんにち》は!」
「相変らず精が出るようですね?」
 永い間の沈黙の後に、頭はまたちょっとの間上げられ、さっきの声が答えた。「はい、――仕事をしております。」今度は、顔が再びがくりと垂れる前に、やつれた両眼が問いかけた人をちょっと見た。
 その声の弱々しさは哀れでもあり物凄くもあった。幽閉と粗食も確かにそれに与ってはいたろうけれども、それは肉体的の衰弱から来る弱々しさではなかった。それの悲惨な特性は、それが孤独でいて声を使うことがなかったことから来る弱々しさであるということであった。その声はずっとずっと以前に立てた音声の最後の弱い反響のようであった。それは人間の声らしい生気ある響をすっかり失っているので、かつては美しかった色彩が色褪せて見る影もない薄ぎたない汚染《しみ》になってしまったような感じを与えるのであった。それは非常に沈んだ抑えつけられた声なので、まるで地下の声のようであった。それは望みの絶えた救われない人間をよく表《あらわ》していて、ちょうど、飢えた旅人が、曠野の中をただ独りさまようて疲れ果て、行き倒れて死ぬ前に、故郷と近親の者とを思い出す時の声はこうでもあろうかと思われるくらいであった。
 無言の作業の数分間が過ぎた。それから例のやつれた眼が再び見上げた。それは、幾分でも興味や好奇心からではなく、その眼の見て知っている唯一の訪問者が立っていた場所から、まだその人が立去っていないことを、予め、ぼんやりと無意識に知覚したからであった。
「わたしはね、」とその靴造りからじっと眼を放さずにいたドファルジュが言った。「ここへもう少し明りを入れたいんですがね。もう少しくらいなら我慢が出来ましょうね?」
 靴造りは仕事を止《や》めた。耳をすましているようなぼんやりした様子で、自分の一方の側の床《ゆか》を見た。それから、同じように、もう一方の側の床《ゆか》を見た。それから、話しかけた人を仰いで見た。
「何と仰しゃいましたか?」
「あなたはもう少しくらいの明りは我慢が出来ましょうね?」
「あんたが入れるというなら、わたしは我慢しなけりゃならん。」(その最後の言葉にほんのごくわずかばかりの力を入
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