だった。大きな不潔な巣のような一つの高い建物の内部にある一つ一つの小さな住居――言葉を換えて言えば、共同の階段に向いている一つ一つの戸口の内にある一室ないし数室――は、銘々の階段の中休み段に銘々の塵芥を山のように積み重ねておき、その上、残りの塵芥を窓から抛り出した。こうして出来たどうにも手のつけようのない始末に負えぬ腐敗の堆塊は、たとい貧窮と剥奪とがそれの無形の不潔物を空気に多量に含めなくてさえも、あたりの空気を十分汚したであろう。そこへその二つの悪い原因が一緒になって加わったものだから、そこの空気はほとんど我慢の出来ぬものになっていた。こういう空気の中を、塵埃と毒気との急勾配の暗い堅坑を通って、路は続いているのであった。ジャーヴィス・ロリー氏は、刻一刻とひどくなって来る自分自身の心騒ぎと、自分の若い同伴者の興奮とに負けて、二度も立ち止って休息した。その立ち止ったのは二度とも陰気な格子のところであった。その格子からは、少しでも腐敗せずに残っている衰えたよい空気は皆逃げ出して、すべての悪くなった不健康な瓦斯体が這い込んで来るように思われたのであった。その銹びた鉄棒の間から、ごちゃごちゃになっている附近の様子が、眼で見えるというよりも、舌で味われるようであった。そして、ノートル・ダム★のかの二つの大きな塔の頂よりこっちにある、あるいはそれよりも低いところにある区域内には、健康な生活や健全な熱望などの見込をちょっとでも持っているものは何一つとしてないのであった。
遂に、階段のてっぺんに達し、彼等は三度目に立ち止った。が、屋根裏部屋の階まで行くには、今までよりももっと勾配の急な、幅の狭い、もう一つ上の階段をまだ昇らなければならなかった。酒店の主人は、あの若い淑女に何か質問をされるのを恐れてでもいるように、絶えず少し先に立って歩き、絶えずロリー氏の歩く側を進んで来たが、このあたりでくるりと向き直り、肩にかけていた上衣のポケットの中を入念に探って、一つの鍵を取り出した。
「じゃ、君、扉《ドア》には錠を下してあるんですね?」とロリー氏は意外に思って言った。
「ええ。そうです。」というのがムシュー・ドファルジュの厳しい返事であった。
「君はあの不仕合せな方《かた》をそんなに閉じこめておくのが必要だと思うのですね?」
「わっしは鍵をかけておくのが必要だと思うんです。」ムシュー・ドフ
前へ
次へ
全171ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング