るようになった。その記憶すべき夜から、私は永久に墓場の恐怖を忘れてしまった。それとともに類癇の病気も起らなくなった。あの墓場の恐怖は病気の結果であるよりも、むしろその原因であったのであろう。
我々の悲しい人類の世界が、理性の冷静な眼にさえも、地獄の相を示すときがある。――しかし、人間の想像は、その地獄の洞窟を一つ一つ罰せられることなくして探るところのカラティス(13)のようなものではない。ああ! 墓場の恐怖のあのもの凄い幽霊らはまったく空想的なものと見なすことができないのだ。――しかしオグザス河(14)を下ってアフラシアブ(15)とともに旅をしたかの悪魔たちのように、彼らは眠らねばならぬ。でなければ彼らは我々を食いつくすであろう。――彼らは眠るようにさせられなければならぬ。でなければ我々は滅びるのだ。
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(1) 一八一二年、ナポレオンの軍隊がモスコーより退却しミンスク県のベレジナ河を渡るときロシア軍に襲撃され、十一月二十六日より二十九日にわたって数万のフランス兵が殺戮《さつりく》されあるいは溺死《できし》した。捕虜となった者一万六千人。
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