我に返るのが、ことに記憶力を回復するのが、困難なことから、自然に起ったことであった。私を揺り動かしたのは、この帆船の船員と、その荷揚げをする人夫たちであった。その船の荷から土の匂いがしたのだ。顎のあたりに結わえてあったものというのは、いつものナイトキャップがないのでそのかわりに頭から巻きつけておいた絹のハンケチなのであった。
しかし私の受けた苦痛は、そのときはたしかに実際に埋葬された苦痛とまったく同じものであった。その苦痛は恐ろしく――想像もつかぬほど、戦慄すべきものであった。しかし凶から吉が生れるようになった、というのは、その過度の苦痛が私の心に必然的の激変を起したからである。私の心は強くなり――落ちついてきた。私はどこへでもでた。活溌な運動もした。大空のひろびろとした空気を呼吸した。死よりもほかのことを考えるようになった。いろいろの医学書に手をふれないようになった。バッカン(11)の書物を焼きすてた。「夜の思い(12)」も――墓地に関する嘘話も――妖怪物語も――すべてそんなもの[#「すべてそんなもの」に傍点]は読まなくなった。要するに私は新たな人間になり、立派な男としての生活をす
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