おれはいま住んでいるところでは名前なんぞないのだ」とその声は悲しげに答えた。「おれは昔は人間だった、がいまは悪霊だ。前は無慈悲だった、がいまは憐《あわ》れみぶかい。お前にはおれの震えているのがわかるだろう。おれの歯はしゃべるたびにがちがちいうが、これは夜の――果てしない夜の――寒さのためではないのだ。だが、この恐ろしさはたまらぬ。どうしてお前は[#「お前は」に傍点]静かに眠ってなどいられるのだ? おれはあの大きな苦痛の叫び声のためにじっとしていることもできない。このような有様はおれには堪えられぬ。立ち上がれ! おれと一緒に外の夜の世界へ来い。お前に墓を見せてやろう。これが痛ましい光景ではないのか? ――よく見ろ!」
私は眼を見張った。するとその姿の見えないものは、なおも私の手首をつかみながら、全人類の墓をぱっと眼前に開いてくれた。その一つ一つの墓からかすかな腐朽の燐光《りんこう》が出ているので、私はずっと奥の方までも眺め、そこに屍衣を着た肉体が蛆虫とともに悲しい厳かな眠りに落ちているのを見ることができた。だが、ああ! ほんとうに眠っている者は、ぜんぜん眠っていない者よりも何百万も少な
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