ばなるまいて」
「なんでごぜえます? 旦那」ジャップはいかにも恥ずかしがって承知しながら、言った。「しょっちゅう年寄りの黒んぼを相手に喧嘩《けんか》してばかりさ。ちょっと冗談を言っただけでがすよ。わっし[#「わっし」に傍点]があの虫を怖がるって! あんな虫ぐれえ、なんとも思うもんかねえ?」そう言って彼は用心深く紐のいちばん端をつかみ、できるだけ虫を自分の体から遠くはなして、木に登る用意をした。
 アメリカの森林樹のなかでもっとも荘厳なゆりの木、つまり Liriodendron Tulipiferum(訳注「ゆりの木」の学名)[#「訳注「ゆりの木」の学名」は割り注(2行に)]は、若木のときには、幹が奇妙になめらかで、横枝を出さずにしばしば非常な高さにまで生長する。しかし、年をとるにつれて、樹皮が瘤《こぶ》だらけになり、凹凸《おうとつ》ができる一方、たくさんの短い枝が幹にあらわれるのである。だから、いまの場合、よじ登る困難は、実際は見かけほどひどくないのであった。大きな円柱形の幹を両腕と両膝《りょうひざ》とでできるだけしっかり抱き、手でどこかとび出たところをつかんで、素足の指を別のにかけな
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