そのままキャヴェンディッシュ広辻《スクエア》に持って帰って頂きたいのです。
 これがお願いの第一の部分ですが、今度は第二の部分です。君がこの手紙を読んですぐ出掛けてくれるなら、夜の十二時よりずっと前に戻れるでしょう。が、それだけの時間の余裕を残しておくことにしましょう。それは、避けることも予想することもできないような障害を気づかうからばかりでなく、君の召使たちが寝てしまった時刻が、それから後にすることになっていることに都合がよいからです。それで、十二時に、君はひとりで君の診察室にいて、私の代理で訪ねて行く男を、君自身で家の中へ通し、君が私の書斎から持ってきたひきだしをその男に渡して下さい。それだけすれば、君は君の役目を果してしまう訳で、私は心から感謝いたします。もし君がどうしても説明が聞きたければ、それから五分間もたてば、これらの手筈が大へん重要なものであること、その手筈がいかにも奇異なものと思われるかもしれないが、それを一つでもはぶいたならば、私が死ぬか私の理性が破滅するかして、君の良心が苦しめられることになるだろうということが、君に理解されるようになるでしょう。
 君がこの願いを軽んずるようなことはしないだろうと確信してはいますが、万一にもそんなことがありはしまいかと思っただけでも、私は心が沈み手が震えるのです。どうか今、私のことを考えてみて下さい。ある妙なところにいて、どんな空想もとどかないほどの暗い苦痛に悩んでいるのです。しかも、もし君がちゃんと私の頼みをきいてくれさえするならば、私の苦しみは一息《ひといき》のように過ぎ去るだろうということを、よく知っているのです。どうか私の頼みをきいていただきたい、親愛なるラニョン君よ、そして私を救って下さい。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から7字上げ]君の友人なる
[#地から2字上げ]H・J

[#ここから1字下げ]
 追伸。これをはや封じてしまってから、また新しい恐怖が私の心に起こりました。郵便局の都合で私の思う通りにならず、この手紙が明朝まで君の手に届かないということも、ないともかぎりません。その場合には、ラニョン君、明日中の君に最も都合のよい時に、私の頼んだ用事をして下さい。そして、夜の十二時にもう一度私の使いの者を待って下さい。が、その時はもう遅過ぎるかも知れません。そしてもしその夜が何事もなく過ぎれば、君は
前へ 次へ
全76ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング