でなかったし、実は、私はその前夜、彼と会って、彼と一しょに食事をしたのだし、我々の交際では書留などという固苦しい形式をとるようなことは、何一つ考えられなかったからである。その内容となるとますます私は驚かされた。その手紙にはこう書いてあったからである。――
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「一八――年十二月十日。
親愛なるラニョン君、――君は私の最も古くからの友人の一人なのです。そして、我々は科学上の問題では時によって意見の違ったこともあったかも知れないが、我々の友情がとぎれたことは少なくとも私の方では思い出すことができないのです。もし君が私に向って『ジーキル、私の生命も、私の名誉も、私の理性も君だけを力にしているのです』と言ったなら、私が君を助けるために自分の財産も、自分の左腕もみな犠牲にしようとしなかった日は、一日だってなかったでしょう。ところが、ラニョン君、今こそ、私の生命も、私の名誉も、私の理性もすべて君の心まかせなのです。もし君が今夜、私の言うとおりにしてくれなければ、私は破滅するだけです。こんな前置きを並べると、君は、引きうけたなら何か不名誉になるようなことを、私が君に頼もうとしているのだと想像なさるかも知れないが、それは君自身で判断して下さい。
私は、君に今夜だけは他のあらゆる用事を延期して貰いたいのです、――さよう、もし君が国王の枕頭に招かれたとしてもです。そして、君の馬車がいま戸口にいなければ、辻馬車を雇って下さい。そして、参考のためにこの手紙をもって、まっすぐに私の家へ馬車を走らせて貰いたいのです。私の召使頭のプールにはいいつけてあります。彼は錠前屋と一しょに君の来るのを待っているでしょう。それから私の書斎のドアをこじ開けることになっているのです。そして、君はひとりで入って行って、左手の硝子張りの戸棚(E文字の)を、もし鍵がかかっていたら錠を壊して開け、上から四番目の、あるいは(同じことだが)下から三番目のひきだしを、その中身をすべてそのままに[#「その中身をすべてそのままに」に傍点]、抜き出して下さい。私はひどい心痛のために君に指図を誤りはしないかと、病的な不安を感じています。しかし、たとえ私の言葉が間違っているにしても、君はその中身でそのひきだしを知ることができましょう。散薬と、一つの薬びんと一冊の手帳とが入っているのです。そのひきだしをそっくり
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