がございますので。その二つの手跡は多くの点で同一なんです。ただ字の傾斜が違っているだけで。」
「ちょいとおかしいな、」とアッタスンが言った。
「おっしゃる通り、ちょいとおかしいのです、」とゲストが答えた。
「僕はこの手紙のことは人には言いたくないのだからね、わかったね、」と主人が言った。
「はい。承知いたしました、」と事務員が言った。
 そして、その夜アッタスン氏は自分一人になるとすぐに、その手紙を自分の金庫の中にしまいこみ、それから後はそこから出さなかった。「何ということだ!」と彼は考えた。「ヘンリー・ジーキルが殺人犯のために偽手紙を書くなんて!」そう思うと、彼の血は血管の中で冷たくなるような気がした。

     ラニョン博士の変事

 時が流れた。ダンヴァーズ卿の死は公衆に対する危害として世間の憤慨をかったので、数千ポンドの懸賞金がかけられた。しかしハイド氏は、まるで初めから存在しなかった人のように、警察の視界から消え失せてしまった。なるほど、彼の過去のことが大分明るみへ出された。そのどれもみな評判のよくないものであった。その男の冷酷で凶暴な残忍さのこと、その下劣な生活のこと、その奇妙な仲間たちのこと、これまでずっと周囲から憎悪の眼で見られていたこと、などについていろんな噂が出てきた。しかし、彼の現在の居どころについては、ささやき一つ聞こえなかった。あの殺害の朝ソホーの家を立ち去った時から、彼は全く姿を消してしまった。そして、時がたつにつれて、だんだんにアッタスン氏はあの烈しい驚きから回復し始め、前よりは心がおちついてきた。ダンヴァーズ卿の死は、彼の考え方によれば、ハイド氏の失踪によって十分に償われたのであった。あの悪い影響を及ぼす人間がいなくなったので、ジーキル博士には新しい生活が始った。彼は孤独の生活から出て、再び友人たちと交際をするようになり、もう一度彼らの心やすい客人ともなり招待者ともなった。そして、彼は今まではずっと慈善行為で知られていたが、今では宗教心でもそれに劣らず有名になった。彼は忙しく活動し、多く戸外に出て、善行をつんだ。彼の顔は、社会に奉仕をしていることを内心意識しているかのように、明るく晴れやかになったように見えた。そして二カ月以上の間、博士は平和であった。
 一月の八日、アッタスンは博士の家へ、数人の客と共に晩餐に招かれた。ラニョンもそ
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