まみれた顔をして、力のないよろよろした足どりで私の方へすすんで来た。
そんなふうに見えた。が、そうではなかった。それは私の敵手であった、――それは断末魔の苦悶《くもん》をしながらそのとき私の前に立ったウィルスンであった。彼の仮面と外套とは床の上に、彼の投げ棄《す》てたところに、落ちていた。彼の衣服中の糸一本も――彼の顔のあらゆる特徴のある奇妙な容貌《ようぼう》のなかの線一つも、まったくそのままそっくり、私自身のもの[#「私自身のもの」に傍点]でないものはなかった!
それはウィルスンであった。けれども彼はもうささやきでしゃべりはしなかった。そして私は、彼が次のように言っているあいだ、自分がしゃべっているのだと思うことができたくらいであった。――
「お前は勝ったのだ[#「お前は勝ったのだ」に傍点]。己は降参する[#「己は降参する」に傍点]。だが[#「だが」に傍点]、これからさきは[#「これからさきは」に傍点]、お前も死んだのだ[#「お前も死んだのだ」に傍点]、――この世にたいして[#「この世にたいして」に傍点]、天国にたいして[#「天国にたいして」に傍点]、また希望にたいして死んだんだ
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