紐《てびきひも》(4)さえ放せないような年ごろから、私は自分の思うままにさせられ、名だけは別として、自分の行為の主人公となったのであった。
 学校生活についての私のいちばん古い思い出は、霧のかかったようなあるイングランドの村にある、大きな、不格好な、エリザベス時代風の建物につながっている。その村には節瘤《ふしこぶ》だらけの大木がたくさんあって、どの家もみなひどく古風だった。実際、その森厳な古い町は、夢のような、心を鎮《しず》めてくれる場所であった。いまでも、私は、空想でそこの樹陰ふかい並木路《なみきみち》のさわやかな冷たさを感じ、そこの無数の灌木《かんぼく》のかぐわしい芳香を吸いこみ、組子細工のゴシック風の尖塔《せんとう》がそのなかに包まれて眠っているほの暗い大気の静寂をやぶって、一時間ごとにふいに陰鬱《いんうつ》な音をたてて響きわたる教会の鐘《ベル》の深い鈍い音色に、なんとも言えない喜びをもって新たにうち震えるのである。
 この学校と、それに関したこととの、こまかな思い出にふけることがおそらく、いま自分のどうやら経験できるいちばん多くの快楽を私に与えてくれるのだ。私は不幸のなかにひた
前へ 次へ
全53ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング