痛とのおぼろげな寄せあつめ――である。私にはそうではない。子供のころ、私は、いまもなおカルタゴの賞牌《メダル》の銘のようにありありした、深い、長もちする線で記憶に刻みこまれているところのものを、大人のような力をもって感じたのにちがいないのだ。
と言っても、事実は――世間の目から見れば――そこには思い出すことはなんと少ししかなかったことだろう! 朝の目覚めや、夜ごとの就寝命令、復習や、暗誦《あんしょう》、定期的な半休や、散歩、運動場での喧嘩《けんか》や、遊戯や、悪企《わるだく》み、――こんな事がらが、長いあいだ忘れられていた心の妖術《ようじゅつ》によって、あまたの感覚、かずかずの豊富な出来事、さまざまな悲喜哀楽の感情、もっとも熱情的な感動的な興奮などを味わわせてくれたのだ。“〔Oh, le bon temps, que ce sie`cle de fer!〕”(おお、この草昧《そうまい》の時代の、楽しかりしころよ!)
実際、私の熱情的な、熱狂的なまた横柄《おうへい》な気性は、間もなく自分を学友たちのなかでのきわだった人物にさせ、また少しずつ、しかし自然な順序を踏んで、自分よりはさほど
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