紐《てびきひも》(4)さえ放せないような年ごろから、私は自分の思うままにさせられ、名だけは別として、自分の行為の主人公となったのであった。
 学校生活についての私のいちばん古い思い出は、霧のかかったようなあるイングランドの村にある、大きな、不格好な、エリザベス時代風の建物につながっている。その村には節瘤《ふしこぶ》だらけの大木がたくさんあって、どの家もみなひどく古風だった。実際、その森厳な古い町は、夢のような、心を鎮《しず》めてくれる場所であった。いまでも、私は、空想でそこの樹陰ふかい並木路《なみきみち》のさわやかな冷たさを感じ、そこの無数の灌木《かんぼく》のかぐわしい芳香を吸いこみ、組子細工のゴシック風の尖塔《せんとう》がそのなかに包まれて眠っているほの暗い大気の静寂をやぶって、一時間ごとにふいに陰鬱《いんうつ》な音をたてて響きわたる教会の鐘《ベル》の深い鈍い音色に、なんとも言えない喜びをもって新たにうち震えるのである。
 この学校と、それに関したこととの、こまかな思い出にふけることがおそらく、いま自分のどうやら経験できるいちばん多くの快楽を私に与えてくれるのだ。私は不幸のなかにひたされてはいるのだが――ああ! ただあまりに真実すぎる不幸――二、三のとりとめのない事がらを述べたてて、ほんの少しの一時的なものであろうとも、慰めを求めることは、許してもらえるだろう。そのうえ、これらの事がらは、まったく小さな、またそれだけとしてはばかばかしいものではあるが、のちに自分にすっかり蔽《おお》いかぶさった運命の最初のおぼろげな警告を自分が認めた時と所とに関係のあるものとして、私の空想には偶然的な重大さを持っているものなのだ。だから、回想させてもらいたい。
 その家は、前に言ったように、古くて不規則なものであった。構内は広くて、てっぺんにはガラスのかけらを漆喰《しっくい》に植えつけた、高い、丈夫な煉瓦塀《れんがべい》が、その周囲をぐるりと取りまいていた。この牢獄《ろうごく》のような塁壁が私たちの領土の限界になっていたのだった。その外《そと》は、一週に三度しか見られなかった。――一度は毎土曜日の午後に、二人の助教師に連れられて、一団となってどこか付近の野原をしばらく散歩することを許されるときで、――あとの二度は日曜日に、村に一つある教会の朝と夕との礼拝式へ、いつも同じ決ったとおり
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