しるそうとはしまい。たった一つだけ気休めがあったが、――それは、私一人しかその模倣に気がつかないらしいということだ。だから、私は自分の同名者自身の妙に皮肉な、わざとやってみせる微笑さえ我慢すればいいのであった。彼は、自分の企てたとおりの効果を私の胸のなかにひき起したことに満足して、自分の与えた苦痛にこっそりくすくす笑っているようだった。そして、白分の機知の成功で実にたやすくみんなの喝采《かっさい》を博することができたろうに、そんな喝采のことなどはまるで考えてみもしなかった。どうして学校じゅうの者がてんで彼の計画に気がつかず、それがまんまと成功していることもわからず、彼と一緒になって嘲笑《ちょうしょう》もしなかったかということは、多くの不安な年月のあいだ、私には解きえぬ謎《なぞ》であった。おそらく、彼が少しずつ少しずつ[#「少しずつ少しずつ」に傍点]その模倣をやったために、そんなに造作なくは気づかれなかったのであろうか。あるいは、それよりも、模倣者の巧妙な態度のおかげで、私は助かったのかもしれない。彼は、文字(真似られた筆跡などは、どんな愚鈍な者でもみなわかるのである)などは軽蔑《けいべつ》して、私一人にだけよくわからせ口惜しがらせるために、彼の独創的な全精神を傾けたのだった。
 彼が私をかばうようないまいましい態度をとったり、私の意志に幾度もおせっかいな干渉をしたりしたことは、すでにくりかえして言ったとおりである。この干渉はときどき不愉快な忠告の性質を持つことがあった。公然とする忠告ではなくて、それとなく言うような、あてつけて言うような忠告である。私はそれをされるのが実に嫌いだったが、その嫌悪《けんお》は年をとるにつれて強くなってきたのだった。だが、こんなに遠く月日がたったいまとなっては、彼のために当然この一事ぐらいは認めてやりたいと思う。それは、自分の競争者の忠告が、彼のような若い、未熟な者にはごくありがちな、誤りや愚かさに陥っていたことなど、一つも思い出すことができないということ。一般的な才能や世間的な知恵はとにかく、少なくとも彼の道義心は自分よりもずっと鋭かったということ。また、自分があの当時はただあまりに心から憎み、あまりにはげしく軽蔑《けいべつ》した、あの意味ふかいささやきのなかの忠告を、あんなに始終拒まなかったならば、いまの自分は、いまよりはもっと善良な
前へ 次へ
全27ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング