う夜じゅう寝られないという気がしたから)、部屋じゅうをあちこちと足早に歩きまわって、自分の陥っているこの哀れな状態からのがれようと努めた。
 こんなふうにして三、四回も歩きまわらないうちに、かたわらの階段をのぼってくる軽い足音が私の注意をひいた。私にはすぐそれがアッシャーの足音であることがわかった。間もなく彼は静かに扉を叩《たた》き、ランプを手にして入ってきた。その顔はいつものとおり屍《しかばね》のように蒼ざめていた、――がそのうえに、眼には狂気じみた歓喜とでもいったようなものがあり――挙動全体には明らかに病的興奮を抑えているようなところがあった。その様子は私をぎょっとさせた、――が、とにかくどんなことでも、いままで長く辛抱してきた孤独よりはましなので、私は彼の来たことを救いとして歓《よろこ》び迎えさえした。
「で、君はあれを見なかったのだね?」しばらく無言のままあたりをじっと見まわしたのち、彼はふいにこう言い出した。――「じゃあ、あれを見なかったんだね? ――だが待ちたまえ! 見せてあげよう」そう言って、注意深くランプに笠《かさ》をかけてから、一つの窓のところに駆けより、それを嵐に向
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