フなかで言っていたじゃないか」
 これはまさしく私の考えていたことだった。シャンティリというのは、もとサン・ドニイ街の靴直しだったが、芝居気違いになり、クレビヨンの悲劇のクセルクセスの役《ロール》をやって、さんざん悪評を受けたのであった。
「どうか話してくれたまえ」と、私は大声で言った。「どんな方法で――もし方法があるならだよ――僕の心のなかを見抜くことができたのかということを」事実、私は口で言うよりももっとびっくりしていたのだ。
「あの果物屋さ」と友は答えた。「クセルクセスとか、すべてそういった役をするにはあの靴底直しでは寸が足りないという結論を、君にさせたのはね」
「果物屋だって! ――驚くねえ、――果物屋なんて僕は一人も知りやしないよ」
「僕たちがこの通りへ入ったときに君にぶっつかったあの男さ、――もう十五分も前だったろう」
 そう言われて私は思い出した。いかにも、我々がC――街からこの通りへ曲ったときに、頭に大きな林檎籠《りんごかご》をのせた果物屋が、誤って危うく私を突き倒しそうになったのだった。だが、それがシャンティリとどんな関係があるのか、私にはどうしてもわからなかった。
 デュパンの様子には|法螺吹き《シャルラタヌリー》のようなところはちっともなかった。「じゃあ説明しよう」と彼が言った。「君にはっきりわかるように、まず、僕が君に話しかけたときから、あの果物屋と衝突したときまでの、君の考えの経路を逆にたどってみることにしよう。鎖の大きな輪はこう繋《つな》がる、――シャンティリ、オリオン星座、ニコルズ博士、エピキュロス、截石法《ステリオトミー》、往来の舗石、果物屋」
 まあ自分の生涯のある時期に、自分の心がある結論に到達した道順をさかのぼってみることを、面白いと思わない人は、あまりないだろう。この仕事はときどき実に興味のあるもので、初めてそれを試みる人は、出発点と到着点とのあいだにちょっと見ると無限の距離と無連絡とのあることに驚くのだ。だから、このフランス人がいま言ったことを聞いて、それが真実であることを認めるほかなかったときの、私の驚きはどんなであったろう。彼はつづけて言った。
「もし僕の記憶がまちがってなければ、C――街を出るすぐ前に、僕たちは馬のことを話していたのだ。それが僕たちの最後の話題だったね。この通りへ曲ったとき、頭に大きな籠をのせた果物屋が急いで僕たちとすれちがって、歩道を修繕しているところに集めてあった舗石の積山の上に君を押しやった。君はそのばらばらの石ころを踏んで、すべり、踝《くるぶし》をちょっと挫《くじ》いたので、むかっとした不機嫌な様子で、ぶつぶつ言って、積んである石を振り向いて見たが、あとは黙って歩きだした。僕はなにも君のすることにとくに注意していたんじゃない。が、近ごろ、どうも観察ということがせずにはいられなくなっているんでね。
 君はずっと地面に眼を落していた、――むっとした表情をしたまま、舗石の穴や轍《わだち》をちらりちらりと眺めながらね(だから君がまだ石のことを考えていることが僕にはわかったんだ)。そのうちに僕たちはあのラマルティーヌという小路へやって来た。そこには、重ねて目釘《めくぎ》を打った切石が試験的に敷いてあるのだ。ここへ来ると君の顔は晴れやかになった。そして君の唇が動いたので、きっと『截石法《ステリオトミー》』という言葉を呟《つぶや》いたのだなと僕は思った。これはこういった舗石にひどく気取って用いられる語だからね。君が『截石法《ステリオトミー》』と呟けばかならず原子《アトミー》のことを考え、ついでにエピキュロスの学説を考えるようになることを、僕は知っていた。そして、ついこのあいだ僕たちがこの学説について論じ合ったとき、僕が、この高貴なギリシャ人の漠然とした推測が、なんと奇妙にも、まあほとんど世人に注意されなかったが、近世の星雲宇宙|開闢《かいびゃく》論によって確かめられた、ということを君に話したから、君がきっとオリオン星座の大星雲を見上げるだろうと思って、予期していたんだ。すると、はたして君は見上げた。で、僕は、自分が今まで君の考えにちゃんと正しくついてきたことを確信したのだ。ところできのうの『ミュゼエ』に出たシャンティリに対する辛辣《しんらつ》な悪口のなかで、その風刺家は、靴直しが悲劇を演ずるために名前を変えたことを皮肉にあてつけて、僕たちがよく話していたラテン語の詩句を引用した。というのは、あの
[#天から2字下げ][#ここから横組み]“Perdidit antiquum litera prima sonum.”[#ここで横組み終わり](初めの文字は昔の音を失えり)
という詩句のことさ。これはもとウリオンと書いたのをいまではオリオンとなっていることを言ったものだと話した
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