が、そのほかには何も武器は持っていないらしい。彼はぎごちなくお辞儀をして、「こんばんは」と挨拶した。そのフランス語の調子は、多少ヌーフシャテル訛《なま》りがあったが、それでもりっぱにパリ生れであることを示すものだった。
「やあ、おかけなさい」とデュパンが言った。「あなたは猩々のことでお訪ねになったのでしょうな。いや、たしかに、あれを持っておられるのは羨《うらや》ましいくらいだ。実にりっぱなものだし、無論ずいぶん高価なものにちがいない。あれは何歳くらいだと思いますかね?」
その水夫は、なにか重荷を下ろしたといったような様子で、長い溜息《ためいき》をつき、それからしっかりした調子で答えた。
「わたしにはわからないんです、――が、せいぜい四歳か五歳くらいでしょう。ここに置いてくだすったんですか?」
「いやいや、ここにはあれを入れるに都合のいいところがありません。すぐ近所のデュブール街の貸廐《かしうまや》に置いてあるのです。あすの朝お渡ししましょう。もちろん、あなたは自分のものだということの証明はできるでしょうな?」
「ええ、できますとも」
「私はあれを手放すのが惜しいような気がしますよ」とデュパンが言った。
「あなたにいろいろこんなお手数をおかけして、なんのお礼もしないというようなつもりはありません」とその男は言った。「そんなことは思いもよらなかったことです。あれを見つけてくだすったお礼は――相当のことならなんでも――喜んでするつもりです」
「なるほど」と友は答えた。「それはいかにもたいそう結構です。こうっと! ――なにをいただこうかな? おお! そうだ。お礼はこういうことにしてもらおう。あのモルグ街の殺人事件について、君の知っているだけのことを、一つ残らずみんな話してくれたまえ」
デュパンはこのあとのほうの言葉を、非常に低い調子で、非常に静かに言った。また、同じように静かに扉の方へ歩いて行って、それに錠を下ろし、その鍵をポケットに入れた。それから彼は懐中からピストルを出し、まったく落ちつき払ってそれをテーブルの上に置いた。
水夫の顔は、ちょうど窒息しかけて苦しんでいるかのように、赤くなった。彼はすっくと立ち上がって、棍棒を握った。しかし次の瞬間には椅子にどっかと腰を下ろし、がたがた震えて、まるで死人のような顔色になってしまった。彼はひと言も口を利かなかった。私は心
前へ
次へ
全37ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング