して互いに衝突するためにほかならず、海水はその岩石暗礁にせきとめられて瀑布のごとく急下す、かくて潮の上ること高ければその落下はますます深かるべく、これらの当然の結果として旋渦《せんか》すなわち渦巻を生じ、その巨大なる吸引力はより小なる実験によりても十分知るを得べし」というのである。以上は『大英百科全書《エンサイクロピーディア・ブリタニカ》』のしるすところである。キルヘル(8)やその他の人々は、メールストロムの海峡の中心には、地球を貫いてどこか非常に遠いところ――以前はボスニア湾(9)がかなり断定的に挙げられた――へ出ている深淵がある、と想像している。この意見は、本来はなんの根拠もないものではあるが、目《ま》のあたり眺めたときには私の想像力がすぐなるほどと思ったものであった。そしてそれを案内者に話すと、彼は、このことはノルウェー人のほとんどみながいだいている見方ではあるが、自分はそう思っていないといったので、私はちょっと意外に思った。しかし、この見方については、彼は自分の力では理解することができないということを告白したが、その点では私はまったく同感であった。――なぜなら、理論上ではどんなに決定的なものであっても、この深淵の雷のような轟《とどろ》きのなかにあっては、それはまったく不可解なばかげたものとさえなってしまうからである。
「もう渦巻は十分ご覧になったでしょう」と老人は言った。「そこでこの岩をまわって風のあたらぬ陰へ行き、水の轟きの弱くなるところで、話をしましょう。それをお聞きになれば、私がモスケー・ストロムについていくらかは知っているはずだということがおわかりになるでしょう」
老人の言った所へ行くと、彼は話しはじめた。
「私と二人の兄弟とはもと、七十トン積みばかりのスクーナー帆式の漁船を一|艘《そう》持っていて、それでいつもモスケーの向うの、ヴァルーに近い島々のあいだで、漁をすることにしておりました。すべて海でひどい渦を巻いているところは、やってみる元気さえあるなら、時機のよいときにはなかなかいい漁があるものです。が、ロフォーデンの漁師全体のなかで私ども三人だけが、いま申し上げたようにその島々へ出かけてゆくのを決った仕事にしていた者なのでした。普通の漁場はそれからずっと南の方へ下ったところです。そこではいつでも大した危険もなく魚がとれるので、誰でもその場所の方
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