え、そうです。」
 それで話がとぎれたが、話しをしていると、こっちが苦しくって仕様がない程、言葉が引っかかる。するとその度に、唇を曲げて、からだ全体に力を入れるようにする。それで自然、話がぼつりぽつりととだえ勝ちになる。
 私はまだこの男が何の用事を言い出すかと思って、その方を心では待っている。で、話がとぎれると、もう言い出すかと思って相手の顔を見る。しかし別にそんな気《け》ぶりもなく、曇った日のような顔色をして、私に見つめられると、気の毒なくらい、眼のやり場に困って、もじもじしている。――それでつい又わけもない話をはじめる。
「失礼ですが、君は学校はどちらです?」私は風采[#「風采」は底本では「風釆」]から推して大方、日本大学の法律科とでも言うかと思っていると、
「学校ですか? 学校は早稲田の文科です。」
 と言う。
「あ、そうですか、いつ御卒業です?」
「来年の春です。」
「じゃ、もうおいそがしいですね。」
「え、え。」
 話は又ぽつりと絶えてしまう。二人ともまじまじしている。私は、とうとう手持ち無沙汰に困まってしまって、何かなしに手を拍《う》って、お八重を呼んだ。ばたばたはしゃい
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