と奥にいらっしゃいよ。」
 と言うと、やっと、私の前にいざり寄った。
 私は何の用かと待ちかまえていたが、相手が何にも言い出そうとせぬから、
「何か御用ですか?」
 とこちらから切り出した。すると、一寸あわててどもりながら、
「いいえ、別に用ではないのです。」
 と言う。成程アクセントの強い、聞き取りにくい言葉だ。
 私はちょっと拍子ぬけがして、相手の顔をまじまじ見ていた。幅が広くまるい、輪廓のぼんやりした顔に、細い眠っているような目をしている。口も小さい。色が黒く、皮膚が荒い。何か重いものでも始終脊負わされて押し付けられて、育って来た人のようだ。
 私は手持ち無沙汰なのをまぎらすために、
「お国はどちらです。」
 と聞いた。すると、荻原は、
「え?…国ですか、国は花巻の方です。」
 と言ったが、私には充分に聞き取れなかった。
「どちらですって?」
「花巻。」
「え?」
「花巻。」少し声が鼻にかかる。
「え?」
 まだ聞き取れないので、聞きなおすと、きまりの悪るそうな顔をして口をつぐんでしまったが、しばらくすると、
「盛岡の方です。」
「あ、そうですか、では寒い方? そうですね。」

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