、よほど驚いているらしい。
「本当に来てたかって奴があるもんか。」自分は従兄の驚いたのが得意に思えたので、わざと落ちついて言った。自分と従兄は一つ違いで、兄弟とも、友人ともいうような仲だ。
 しばらく二人で話し合ったが、従兄は午までに学校に行かねばならぬと言って出て行った。
 で、自分は、そのあとで下女を呼んで、今夜は従兄と二人で食事をするから、何か特別の料理をと言いつけた。すると、しばらくして、例の男が入って来て、例の人を覗うような目付きをして、
「今夜、何かお酒宴《さかもり》でもなさりますか?」と聞く。
「酒宴ではない。従兄とは久し振りだから一緒にものを食おうと思ってさ。」
「ハハそうですか、ハッ。じや私がよく見つくろいます。」
「…………」
 自分は嫌な顔をして型だけにうなずいた。

 その晩、従兄がくるのを待って、二人は少しばかり酒を飲んだ。が、その席にともすると、例の男がはいって来て、じつと尻を落ちつけて、自分達の話に口を入れる。自分はとうとう少し二人きりの話がしたいからと言って、その男をことわった。その晩の話に従兄は二三日してこの町で学術演説会があるので、従兄も一場の演説をするのだと言った。

     五

 その夜は心持ちよく眠られた。酒の酔いで、貧血性の頭は充血して……水に潤ったようになった。で、ぐっすり眠って、心持ちよく目を覚した。
 と、室の中に人がはいって来ている気配がした。自分は夜着を深くかぶっていたが、じっとして聞いていると、その人は裾の方にいるようだったが、やがて、違い棚で、
「コトン」とそっとグラスの壜を置いた音がした。
 自分はハッと思ったので、そっと夜着の襟をずらせて目を出すと、棚のうえに男の指が見えた。
 それが香油の壜をずっと奥の方に押していた。
 自分は声を出して笑おうかと思った。心では不愉快ではあったが、この男の大事なところを握ったのが、無性におかしく思われた。で、一つ声を出して笑ってやろうか。そして驚く顔でも見てやろうか、と思ったが、馬鹿げているような気がしたので、そのまま、目をつぶって眠ったような態《ふう》をしていた。
 と、その男は出て行った。

 自分は、又そのままうつらうつらして、床の中で考えていた。
「あ、今日は木村が(友人の名)着く日だ。」と思った。明日は従兄とも別れてこのT町を発つのだと思っていると、また、
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