いる。と、言うよりも、この町はその裾に小さく一かたまりになって家が建っているようだ。
 町幅は広く、町は一直線に東の山の方に突きあたって北にまがっている。昨夜、乗って来たと同じ馬車が馬をはずして、薄暗い軒の深い家の軒前《のきさき》に置いてある。寒い国の習いで、家の軒が深く、陰気なしん[#「しん」に傍点]とした町だ。自分はそのなかを歩いて、二三軒の小間物店らしいところに寄って、この町近傍の景色をうつした絵葉書をさがした。
 けれど、そんなものは一枚もなく、かえって東京で出来た、西洋の名画を複写した絵葉書などがあった。
 かと思うと、二三年前に東京であった博覧会の錦絵などもある。かすかに賑やかな東京の呼吸がこの錦絵に通っているようだ。
 自分は一順町をまわって異様な感じがした。教えられた従兄の下宿を捜して、置き手紙をして帰えって来た。

     三

 つぎの朝までも従兄は帰えらなかった。自分はつくづく前から知らせなかったのを悔いて、また使いを立てようかと思い迷った。
 ところへ、その男が入って来た。
「どうします。」と、いきなり言った。
「さ、」と答えたが、自分は不快で堪らなかったから、知らぬ顔をしてやった。と、また黙って、まじまじ人の顔を見ていたが、やがて、急き立てるように、
「使いを出すなら、早く出しませんと、人がいなくなります。」と言う。
「よそう!」自分は言い切った。
「よしますか?」と、その男は自分の心持ちを覗おうとするように言った。
 自分は堅く口をつぐんだ。そして心には充ち充ちた不愉快が、自然と人に逢えぬと言ううら悲しい心持ちに変わって行くのを覚えた。
 で、無聊な、不愉快なその日も暮れた。

     四

 三日目の朝、自分は起きて、顔を洗って室に入ってくると、平生のように髪を分けた。で、今日も油を頭につけたが、あとで、ふと、その壜を取って見ると、油が非常に少くなっていた。
「しまった。これは余程、倹約して使っても途中で足りなくなるぞ。困ったな。頭をぼうぼうさせて東京に帰るのか。」と思った。これから途中では、ちょっとこの油を買うことができないらしく思われると、しばらく、自分の非常に心持ちよく思っている楽しみに遠ざからねばならぬと考えた。
 で、何となく物足りなく思っていると、さっと唐紙を開けて従兄が入って来た。
「何だ、作さん本当に来てたのか?」と
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング