けだ》して姿が見えなくなった。夫は喫驚《びっくり》して、如何《どう》したのだとその男に詰《なじ》ると男は頗《すこぶ》る平然として、何《なに》これは魔物にちがいない、早く帰ろうといいながら、その男の袖を引張《ひっぱ》るようにして、帰途に就いたが、夫なる男の心配は一方《ひとかた》ではない。急いで家に着くと、早速《さっそく》雨戸を開けて、女房の名を呼ぶと、はいといいながら寝惚眼《ねぼけまなこ》をして、確《たしか》に自分の女房が出て来たので、漸《ようや》く安心して先刻《さっき》あった談《はなし》をすると、その女房も思当《おもいあた》るような顔をしながら、不思議なこともあればあるものです、妾《わたし》も先刻《さっき》、松《まつ》さんに殺された夢を見て、思わずキャッと叫ぶと、眼が覚めたのですと、いったので、その漁夫《ぎょふ》も、それを聞いて不思議に思ったから、翌朝になると早速《さっそく》に、前夜の同伴《つれ》の男と一緒に、昨夜の場所に行ってみると、その処《ところ》から少し離れた叢《くさむら》の中に、古狐が一匹死んでいたとの事であった。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫
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