時が経たぬからと言うので、この地方のことにはくわしくないがと言いながら、二つ三つ、話を聞かしてくれた。
 私は犯罪の種類、内容などによって、その地方の文明、感情、その他種々のことが研究されると思いながら、深い興味をもってその話を聞いた。
 その話にはこんなことがあった。この地方には放火などが、非常に重罪であると言うことを知らず、ばかばかしい、例えば昼飯をくれぬから、と言うくらいのことから、放火をしたものがあるとか、又は迷信が強く、狐憑《きつねつき》だと言って、狂人を焼き殺したと言うようなことがある、などと。
 私は窓に倚りかかりながら、対岸の広い山腹を見ながら、この話を聞いた。しずかな眠りの深い冬から、まだ覚めていない、この四辺の光景を見ていながら、この話から、都会の人と、田舎の人との神経について考えた。やがて、
「どうでしょう。都会の人と、田舎の人とどっちが残酷なことをするでしょう?」と聞いた。
「それは田舎の方ですね。」と判事さんは言下に答えた。
「私には、都会の方のように思われるのですが……」
「なぜ?」
「やはり、無智の人の方が残酷ですかね。」
「残酷って言うことを知らないからでしょう。」私の考えと、判事さんの話とは、少し齟齬《そご》するところがあった。私の考えでは、都会の人は神経が糜爛《びらん》しているように思えた。したがってその行為の方が複雑で残酷だと思われたのだ。
 と、馬車がとまった。峠を上り詰めたようなところだった。道は渓から離れて、小広い平なところになっている。
 馬車がとまると、小屋の中から男が待ち兼ねたように飛んで出て来た。イムバネスはこれを見て二三度頭を下げた。イムバネスの乗っている下に来ると、
「和尚さん!」とあらためて呼んで、紙にもつつまない五円紙弊をイムバネスに渡した。イムバネスがそれを受取ると、その男は別に二十銭銀貨を一つ出して、
「これは御布施で。」と言った。
「イエ、イエ」とイムバネスはそれを押し返したが、とうとう幾度か頭を下げて、それを受取った。
 私はそれを見てこの男は坊主かと思った。
 馬車はまた動き出した。イムバネスの饒舌《おしゃべり》はなお続いた。
 やがてM村に着いた。ここは馬車の乗り継ぎどころである。
 時計を出して見ると、もう三時になっていた。空にはどことなく日がまわったらしい色が見えた。
 乗客はそわそわして降
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