にももう飽きた。はじめて見た自然に対する好奇心[#「好奇心」は底本では「好寄心」]はなおさら早く消え去った。私は空虚《から》のような心でもってぼつりとしているようだ。今はなおさら、そう思われる。そして、一種の捕え難い哀しさが心に薄く雲がかかるようになっている。
 私は何にも思うのが嫌いだ。今日の前途の不安心ということもあるが、それよりも今自分の目にぱっと心が引くような色彩《いろ》がない。なにかそれが欲しい。……と言っても、心には取りとまりがないほどの、かすかな欲望だ。
 と思う中にうとっとした。
「もしもし。」
 私は女の声に起こされた。目を開けると、
「今、馬車が出ますが。」と言って枕元にここの娘が坐っていた。
 私は飛び起きて立った。
「出る?」と言うと、心がやっと落ちついて脱いでおいた外套を手早く取って着た。そして、始終持っている手さげを持つと、
「勘定!」と言って、気が少し急《せ》き立って来た。
 家の外に出ると、馬車はもう馬をつないで、出るばかりになっていた。

 私の乗るのを待って馬車は動き出した。乗って見ると、車の中には鱒沢で乗った、僧《ぼうず》の二人連れが乗っていた。私は垂幕を上げた。まだところどころ雪が解け残っている。
 馬車の中では、花巻からの馬車があまり遅いので、その馬車に逢う所まで行こうと言うので、遠野の馬車を出したのだ。その上、今日は客が非常に多いから、電話でさらに一台呼びよせた、と話している。外は雪で押されていた草が黄色く湿って、それに薄日が当っている。永く水ずいた跡のような土は、なかば乾いてにぶい濁った色を見せている。眠り入った後の、だるそうな周囲《まわり》のうちに、馬車がただ踊って、音をたてて行く。
 私は、不安心なせわしい心持ちでもって、この景色を見ていた。けさから馬車に揺られて来た疲労《つかれ》が現に浮んで来て、張り合いのない、眠いような心持ちになる。目は無意味に下の道の土の上を見詰めていた。
 道は宮守の村をはなれてから、一里も来た。片側はゆるい山の裾、片側は山を隔ててまるい低い雑木の立った山が見える。そこへくると、道の向うから、ラッパの鳴る音が聞こえた。馭者台の上で、
「来た!」と言った。やがて両方から近づくとこちらから、
「遅かったな。」と声をかけた。花巻の方の馭者は遠野に行く時に乗った覚えのある男だ。
「あア……」と、かな
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