がぼっと白く、重い幕を垂れたようになっている。私は深く呼吸をして、遠野! 遠野もやはり薄黒い、板造りの尖った屋根がならんだ、陰鬱な町だろうか……と思った。東京にいては私はこの寒い国がこれほど、親しみにくいとは思ってはいなかった。
雪の中を発って町端れまでのろりのろりくると、私の方の馭者は、何かくどくど言っていたが、やけのようにピシリ、ピシリと馬を打った。それを見ると、
「由爺《よしおじ》、どうした?」と、中から例の老人が声をかけた。
「どうしたんでもねい。おれの車に五人も乗れるか。荷物もあとのより倍ある。」と、このキッカケに調子がついたと見えて、急に馬車を止めて怒鳴り出した。
老人はしきりとなだめていたが、由爺は猛《たけ》り立《た》てて誰の言うことも聞かない。あとの方の馭者も、雪の中だから次の宿まで行けと言ったけれど、
「フン次の宿まで、……鱒沢までか。」と言って馬車を立てたまま動こうともせぬ。それで、こんども最後に乗った、毛糸の襟巻をした男が降りて、後の馬車に乗り換えた。
馬車は小山の腹を一廻りまわった。道がまた緩い上りになっている。山の峡を登ってうねる道を二台の車がつづいて
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