《つかづ》いて見ると、岩の上に若い女が俯向《うつむ》いている、これはと思って横顔を差覘《さしのぞ》くと、再度《ふたたび》喫驚《びっくり》した。それは今自分がそのために薬を買いに行った、病床にある娘であったので、不思議に思ったが、若者は我を忘れて直《す》ぐ声をかけた。
「みよーさん、(娘の名)貴嬢《あなた》は、まあ如何《どう》して、こんな所へ来なすっただ」と訊《たず》ぬると、娘はその蒼白《あおじろ》い顔を擡《もた》げて、苦しそうな息の下から、
「お前を、待ちかねて、此処《ここ》まで来たのだよ」と答えたので、
「それはそれは、遅くなって御免《ごめん》なさい、何しろこんな所へ居なすっちゃ、身体《からだ》に悪《わ》るいから私が背負《しょ》って行って家《うち》へ帰りましょう」と云《いい》ながら、手に持っていた、薬瓶《くすりびん》をその岩の上に置いて、いざ背負《しょ》おうと、後向《うしろむ》きになって、手を出して待っているが、娘は中々《なかなか》被負《おぶさ》らないので、彼は待遠《まちどお》くなったから、
「さあ、早く行きましょう」と不図《ふと》後方《うしろ》を振向くと、また喫驚《びっくり》。岩の上には、何時《いつ》しか、娘の姿が消えていて、ただ薬瓶《くすりびん》のみがあるばかり。これはとばかりに、若者は真蒼《まっさお》になって主家《しゅか》へ駈込《かけこ》んで来たが、この時|既《すで》に娘は、哀れにも息を引取《ひきと》っていたとの事である。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
   1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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