モられたのだとでも思つてゐたのだらう。水夫が窓から覗いた時には、猩々はレスパネエ夫人の白髪を左の手で掴んで、右の手で剃刀を顔の前に持つて行つて上げたり下げたりしてゐた。床屋が人の顔を剃る真似でもしてゐるやうに見えた。夫人の髪を掴んだのは、多分夫人が髪をとかしてゐたので、猩々がそれに手を出したのだらう。娘は床に倒れてゐた。気を失つてゐたらしい。猩々は最初いたづらをする積りであつたのに、夫人が叫びながら振り放さうとするので、獣もそれに抗抵するうちに気が荒くなつたらしい。猩々は力一ぱい剃刀で吭《のど》を切つた。頭が殆ど胴から離れさうになる程切つた。猩々は血を見たので、いよ/\気が荒くなつた。そして目を光らせ、歯を剥き出して、倒れてゐた娘に飛び掛かつて、右の手の平で吭を締めて、息の絶えるまで放さなかつた。そのとたんに猩々のきよろ付く目が窓を見ると、そこには恐怖の余りに蒼くなつた主人の水夫の顔が見えた。その時猩々の激怒は変じて恐怖となつた。主人は自分を威す鞭の持主だからであらう。そこで猩々は自分のした血腥い為事の痕跡を隠さうと思つて、室内を走り廻つて、道具をこはしたり、寝台の藁布団を引き出したり
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