ノ思はれるのですからね。その癖あの事件はわたしの知つた事ではないのです。まあ、首に掛かるかも知れないが、実際の所を話しませう。」
 水夫の話は大略かうである。水夫は近頃東印度群島へ往つた。その時ボルネオに上陸して仲間と一しよに山に這入つた。そして今一人の男に手伝つて貰つて、猩々を生捕つた。その男は死んだ。そこで猩々は自分一人の所有になつた。猩々は中々馴れないので帰途には随分困つた。併しとう/\パリイへ連れて戻つた。水夫は船にゐた時足を怪我をして、それを直す為めに医者の所へ通はなくてはならぬので、猩々を部屋に閉ぢ籠めて置いて、足の創が直つてから売らうと思つてゐた。さてあの殺人事件のあつた夜の事である。否、払暁の事である。水夫は仲間の会があつて、それに出席して払暁に帰つて来た。すると猩々が閉ぢ籠めてあつた室から脱け出して、寝部屋に来てゐた。そして鏡の前に坐つて、顔に石鹸のあぶくを一ぱい付けて、手に剃刀を持つて、髭を剃る真似をしてゐた。多分水夫が顔を剃つた時、鑰前の孔から覗いて見てゐて、その真似をするのだらう。気の荒い、力のある動物の手に剃刀を取られてゐるので、水夫はどうしようかと暫く思案し
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