オて調べられた。アムステルダムの生れである。悲鳴の聞えたときにその家の前を通りかかった。悲鳴は数分――たしか十分くらい――の間つづいた。長くて、大声で、――実に恐ろしく、苦しげだった。その建物へ入った連中の一人である。一点をのぞいてすべての点で前にあげた証言を確証する。鋭い声は男の――フランス人の声であることは確かだ。言った言葉は聞きとれなかった。声高く、速くて、――高低があり、――明らかに怒りと恐れとから発せられたものであった。耳ざわりな声で―― 鋭いというよりも耳ざわりなものであった。鋭い声とは言えぬ。荒々しい声のほうは『畜生《サクレ》!』と『|くそッ《ディアーブル》!』とをくりかえして言い、一度は『|こらッ《モン・ディユ》!』と言った。
ドロレーヌ街ミニョー父子銀行の頭取、ジュール・ミニョー――老ミニョーの証言。レスパネエ夫人は多少の財産を持っていた。――年(八年前)の春から彼の銀行と取引を始めた。ときどき少額ずつ預け入れた。死亡の三日前までは少しも払い出したことはなかったが、その日彼女は自分でやって来て四〇〇〇フランの金額を引き出した。この額は金貨で支払われ、一人の行員が金を
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