能楽論
野口米次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)拍節《ビーツ》を踏むと

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『あなたが橋掛りで慎しやかな白い拍節《ビーツ》を踏むと、
あなたの体は精細な五官以上の官能で震へると思ふ……
それは涙と笑の心置きない抱合から滲みでるもの、
祈祷で浄化された現実の一表情だ、
あなたは感覚の影の世界を歩く……暗いが澄み切つた、冷かで而かも懐しい。
ああ、如何なる天才があなたを刻んだか、
彼はあらゆる官能の体験を蒸留し、蒸留し、
最後に残つた尊い気分をあなたに与へたに相違ない。
故に、あなたは特殊の広い深い想像の世界……いや詩の世界に目覚めた。
私はあなたを見て、いつも感情の貯蔵とその表現に驚く、
あなたは偉大な感情の保留者だ、
あらゆる世界の舞台で、あなたのやうな感情の節約者は見出されない。
(真実の芸術は感情の節約から始まる。)
然しあなたは、適当な一語勢《エンフアンス》を得て即座に涙となり、
また笑ともなる。
(私は笑と涙が同根元から流れ出るこ
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