今日では無用のやうだが、私はこれを天地神明に祈祷し奉る心で行つてゐる。「翁」に限つて小鼓は頭取と脇鼓の連調で囃すが、この囃子がまたいかにも目出度いもので、歓喜の情緒が盛られてゐる。溌剌とした千歳の舞をうけて、天地人三才の拍子などの秘事を尽して、翁の舞を神々しく舞ひ了り「万歳楽」「万歳楽」「万歳楽」と納めてしまふと、実に安らかな暢び/\した喜悦の情に包まれて、重荷を下ろしたやうな心になる。
 新春の行事として今一つ謡初之式がある。これも私の毎年欠かさぬ吉例の儀式で、正月三日は上野東照宮の拝殿で勤めるが、この古式は旧幕時代に江戸城に行はれたのに則つたものである。
 正月三日酉刻、将軍家は江戸城の大広間で御三家をはじめ諸大名に対面され、祝杯を挙げられる。この時老中の「謡ひませい」の声の下から、幕府の楽頭職観世大夫が、平伏のまゝ四海波の小謡を謡ふ。次に老松、東北、高砂の囃子を観世、宝生(但金春、金剛と宝生は輪番で勤める)、喜多の三流の大夫が演じ、それが済むと三人の大夫は、拝領の時服を纏つて弓矢の立合を舞ふのである。立合が了ると将軍家は、自ら肩衣を脱いで観世大夫に与へ、これにならつて御三家をはじ
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