は、千塚《ちづか》の極尾《はつを》の神のあらはれて、われに貸しおきつる斎瓮《いはひべ》をかへせ、とせめしなりき。
夢さめて、われは、かの女は塚の神ならざりしかなど思ひて、暗き寝床の内に、ひたと乳母の身により添ひぬ。
明くる日、柿うりの女、入り来ぬ。
われも欲しければとて、門へ出でんとせしも、其女の声を聞きて、たちすくみぬ。
乳母は、幾度かわが名をよびつ。されど、われは、はなれ家にかくれて、いらへもせざりき。
やゝして柿売りのかへりし頃、母屋に来て、堆く、くづるゝばかりうみたる、赤く大いなるが盆に盛られたるを見し時、其は斎瓮の埴の赤珠にあらずや、とたづねて、
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若子は、ねおびれたりや。
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と嗤はれぬ。たとひ其時には、昨日の恐しかりしをも忘れて、貪り喰ひつれど。
されど、われは今もなほ、其斎瓮にあらざりしかを疑ふなり。
ふと心づけば、車は若江の邑の畷にかゝれり。
道のかたへなる石ぶみにぬかづきて、重成の霊に、十年ぶりの今日のあひ[#「あひ」に傍点]をよろこぶ。
また車に上る。恩智川の堤は、見え初めぬ。かのかげろひ立てる堤をこゆれば、わがめざした
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