る。盆釜は、うなゐ[#「うなゐ」に傍線]・めざし[#「めざし」に傍線]等と称せられる年頃のともがらが、別に竈を造つて、物を煮焚きして食べる。此時に、小さい男の児たちが、其を毀しに行つて喜ぶ様な事が行はれて居る。
盆釜と同じもので、春には、男の児等が鳥小屋を作つて、籠ることがある。此は、男の児が、くなど[#「くなど」に傍線]に奉仕する物忌みなのである。盆釜とは、幼女の、処女の仲間入りする為のものである。
此に対して、田植ゑに先だつて、処女が山籠りをする行事は、処女から、成熟した女になる式である。即、日本では、子供から男・女になるまでに、式が二度あつた。男の方では、袴着の式――謂はゞ褌始めである。女の方では、今言うた裳着の式――腰巻始めとでも言うたらよいか。其裳着の式が二度ある。少女の時と、成熟した女になる時の式とである。併し此は、一度にしたりする事があるから、一概に言へぬが、まづ二度行はれるのがほんとうである。
此式は、田植ゑの一月前、処女が山籠りをするので、躑躅の枝を翳して来るのが其標である。此が早処女《サウトメ》となつて、田植ゑの行事をするのだ。此以前に行はれるのが、盆釜と言はれる式で、即、早処女になる以前の成女戒である。此は、別のものか同じものか訣らぬが、私は、年に二度行はれたものと考へて居る。
盆釜に籠る間は、短くなつて居るが、実は長いものであつた。卯月の山籠りも同じで、近頃では、僅かに一日しか籠らない。かう言ふ風に段々短くなつて来て居るが、一日では意味が訣らぬものである。禊ぎをする時は一日でよいが、神に仕へる時は長かつたもので、其を形式化して行うて居るのであらう。
室町から徳川へ入る頃ほひから、少女の間に盛んになつたものに、小町踊りがある。男の方に業平踊りがあるから、其に対立したものであると言はれて居るが、其とは別なものである。小町踊りは、少女等が手をつないで行つて、ある場所で踊る踊りである。私が大阪で育つた頃、まだ遠国《ヲンゴク》歌を歌つて、小娘達が町を練り歩いて居た。此は盆の踊りの一つである。小町踊りと言ふのが此総名で、此踊りの為に日本の近世芸術は、一大飛躍を起して来たのだ。さうして、徳川初期の小唄の発達・組み歌の発達と相協うて居る。娘達の盆釜の行事は、かうした種々のものを生み出して来た。

     四

一方、魂祭りの方面では、ちようど其頃、念仏踊りがある。魂祭りは、死んだ近い親族が帰つて来るから魂祭りであると言ふが、此だけでは、近頃の考へである。以前は、其帰つて来る魂の中に、悪い魂も混つて戻つて来ることを考へて居た。其為に、悪霊を退ける必要があつたのだ。此悪霊退散の為の踊りが、念仏踊りである。春の終り、夏に先だつて流行する疫病を予防する為の踊りであつたが、其元は、稲虫を払ふ踊りである。
日本人はすべて物を並行的に考へるのが例で、田に稲虫が出ると、人間にも疫病が流行すると考へて居た。此踊りのもとは、平安朝になつて、俄然発達して来た鎮花祭から起つてゐる。花が散る頃には、悪疫が流行するから、花鎮めの祭りをすると言ふのは、平安以後の考へで、もとは、花を散らせまいとする、花の散る事を忘れさせる為の踊りであつた。此が平安朝になると、疫病退散の為の踊りになつた。
日本の踊りは宗教を生み出す源となる事があるが、念仏宗も鎮花祭の踊りから発達して来て居るのだ。鎮花祭の踊りをする中に、其興奮から、一種の宗教的自覚をおこして、念仏宗が出で、其径路に当つて、念仏踊りが現れたのであつた。
念仏踊りは、此様に、段々意味が変つて来て居るが、根本には、魂に係る祭りだと言ふ考へがなくなつては居ない。念仏踊りの直接の前の形は魂祭りではあるまいが、併しそれ以前、平安朝から、或は奈良朝の頃にも、此魂祭りを考へて居たことは見える。
村の聖霊が帰つて来る時期に、ちようど念仏踊りを行うた。念仏聖が先に立つて踊る時もあり、念仏聖を傭つてする時もあり、村人自身がする時もあり、或は村全体が念仏聖の村である事もある。此念仏聖が鉦を敲いて、新仏の家に立つて踊り、聖霊の身振りや、称へ言を唱へて歩いた道行き芸が本筋をなして居る。途中のある場所で演芸をするのは亦、歌舞妓狂言の一部を発達させて居る。
出雲のお国の念仏踊りは、ほんとうのものであつたか否かは、疑はしい。歌舞妓の草子を見ても、お国のは、念仏踊りの部分が、僅かで、享保の頃から、念仏踊りは既に、小唄踊りに変つて来て居る。この道行き芸が、実は盆の踊りの根本である。道を歩きながら、鉦を敲いて、新盆の家の庭で輪を作つて踊る式は、神祭りと同一で、月夜の晩に、雨傘を指したり、踊りの中心に柱をたてたりする。神を招く時には、中央に柱を樹てゝ、其まはりを踊つて廻はるのが型である。此神降しの様式を、念仏踊りは採り入れて居るのだ。出雲の
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