、固定・模倣に堕して居る一方に、感傷風の気分に充ちた、弱いながら個性の明らかに出た作物が頭を擡げて来て居る。此様に万葉集の中で、大体五つの時代を、私は考へて居る。即、大歌の三期と、創作時代に入つての二期と、それ/″\、時代々々の特徴が見えるのであるが、尚、大歌の前に据ゑねばならぬひと区ぎりの時期が想像せられる。其は、東歌が示して居る一つの姿である。

     五 東歌

万葉集巻十四全部と、巻二十の半分とは、東歌として、他の巻々の歌とは、区別が立つて居る。かうした部類の立てられたのは、当時の採風熱からである。
まづ巻十四の方から言ふと、此は恐らく大歌所の為に採集せられたものと思はれる。雅楽寮の官人には帰化人が多かつた。其祖先以来の伝統は、段々日本音楽部なる大歌所の人々の歌をも支配する様になつた。為政者が書物から得た知識として、国風に正雅な声があると言ふ理想を持つたと同時に、楽人たちは、信仰として、国風・竹枝に、多く宮廷楽に登用する値打ちのあるものがあると考へて居た。詩経の成り立ちを其儘学んで、大歌に採用の出来る小歌を採集する事が試みられかけた。此は、屡《しばしば》繰り返された事で、後
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